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「発展性のない」真実

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 ただ、ありふれた恋愛感情だという意識はあったのだが、ありふれているという意識よりも、
「恋愛というのは、こんなものか」
 と、どこか冷めた感覚だったのを覚えている。
 想像していたよりもアッサリしていた。それは、恋愛にも様々あるということと、身体の関係、気持ちの関係と、それぞれを分けて意識しようとしても、どうしても、分けることができなかったことが、アッサリしたイメージを植え付けたのかも知れない。
 好きだった先生に、不倫の噂があったことも大きな理由だった。ただの噂だけだと思っていたが、急に先生が遠くの学校に転任させられたことを聞いて、噂が本当だったことを知ると、誰も信じられなくなっていた。
 ただの片想いというだけなのに、まるで裏切られた感覚に陥り、勝手に自分を裏切られた悲劇の主人公に祭り上げ、女性というものを毛嫌いしている自分が可哀そうだと思うようになっていたのである。
 自己敬愛にもほどがあると、今となっては思うのだが、その時は、自分を悲劇の主人公にしてしまわないと、先生を好きになったという理由にはならない気がしたのだ。自分が納得したいがために、勝手に作り上げた感情は、今も弘樹の中に残っていた。
 発展性のない性格が顔を出した時だったのかも知れない。状況を勝手に判断して、自分を納得させるために、自分を悲劇の主人公に祭り上げる。それが、弘樹の基本的な今までの生き方の一つを形成していたのだ。
「どうして、同い年くらいの女の子を好きになれなかったんだろう?」
 と、考えてみたが、クラスメイトの女の子たちには、ほとんど彼氏がいて、クラスの中で、平気で彼氏の話題を大声で話し合っているのを見たりしている。
 まわりと同じであることが嫌いな弘樹は、そのくせ、自分が彼女たちの話題に上らないことを、悔しいと思っていた。クラスメイトの、軽いタイプの男で、いかにも遊んでいると思うような男に限って、あどけなさの残る女の子と付き合っていたりする。
――騙されてるんだ――
 と、思うのだが、それでも、女の子の話題の中に、平気で彼の名前を口にしているのを見ると、
――自業自得だ――
 と言いたくなる。
――どうせ、お前なんて、僕の好みじゃないんだ――
 と、心の中で言いながら、口惜しさだけが残ってしまった心境に疑問を抱くことで、心境は、次第に冷めてくる自分に行きつくのだった。
 年上の先生も最後は、いなくなったことで、心境が冷めてしまう。結局、恋愛感情の行き着く先は、冷めることしかないのだという思いしか残らなかった高校時代だった。
 それでも、人を好きになりたいという気持ちに変わりはなかった。本能のようなものだと思って、自分を納得させているが、自分が考えている本能とは、少し違った感覚であった。
 自分で思っていた本能とは、決して嫌なものではなかった。むしろ、自分を助けてくれる感情だと思っていたほどで、本能があってこそ、自分の性格が形成されるとさえ思っていた。
 本能は、無意識のうちに出てくるものなので、性格とはあまり関係のないもののように思いがちだが、それは、本能をあまりいいイメージで考えていない人たちが思うことではないだろうか。
 本能とは、考えを伴わない、感情だけが支配しているもので、理性もそこには存在しない。だから、本能のままに行動するのは、獣と同じで、人間としての思考がそこには存在しないと思われがちだ。
 だが、弘樹は違っていた。
「本能があってこそ、その後に思考が存在するのであって、本能を軽視することは、考えの土台となるものをも否定してしまうのではないか」
 と思うようになっていた。
 弘樹が風俗に通うようになったのも、本能の成せる業だと思っている。だからこそ、他の人から見れば、
「本能に身を委ねるから、風俗のような如何わしいところに通うようになるのよ」
 と、いう風に見えてしまうに違いない。
「普通の恋愛をしたいとは、思わないな」
 ゆりなを知ってから、そう思うようになった。ゆりなが自分にとっての聖母マリアのような存在であるわけではないので、彼女には彼女の普段の生活があるのも分かっている。もし、ゆりなの普通の生活を知ってしまうと、一気に冷めてしまうのではないかという気持ちに陥るかも知れないことは、十分に承知している。それなのに、ゆりなであれば、普段の生活を知ることになったとしても、他の人に対して感じた口惜しさや、憤りは感じないと思うのだ。
「自分だけのゆりなを、僕は知っているんだ」
 と、思っているからだ。年を取ったから、そんな気持ちになれたのも確かだろうが、相手がゆりなでなければ、こんな気持ちにはなれなかったはずだ。そういう意味で、ゆりなを本当に好きになったのだと思うのだが、なぜか、独占欲が湧いてくるわけではなかった。
 大体、独占欲を抱くくらいなら、最初から、風俗嬢を意識しないだろう。
「客と、風俗嬢」
 という関係は、どこまで行っても、変わりがないのだ。
 それを超えるには、何か一つ大きなものを失わなければいけないのだと思う。ゆりなに対して、大きなものを失うだけの相手であるかどうか、いまだに分かっていない。
「今の関係を続けられる間はそれでいい」
 と、思うことが、弘樹にとっての一番の考えで、そこに存在する一番適切な概念が、
「自然」
 だということを分かると、考えている大きさに柔軟性があり、伸縮自裁な考えを持つことができると思えたのだ。
 発展性のない考えを、あまり嫌いな性格ではないと思い始めたのは、ゆりなに通い始めてからだった。
 ゆりなと一緒にいることで、普段考えないことを考えるようになった。一緒にいる時間というよりも、店を出てから、ゆりなの余韻を感じながら、身体が微妙な心地よさに包まれている中で考える時間であった。
 表の風は暖かくも冷たくもない。感覚がマヒした状態なのは、身体がまだまだゆりなを覚えている証拠である。そこにはかすかな震えが、痺れを伴っていて、一か所に集中したかと思うと、また放射状に広がっていく。その繰り返しなので、最後はどちらで終わるかと、途中まで意識しているくせに、気が付けば、いつもどちらで終わったかも分からずに、意識の外にいるのだった。
「ゆりなと一緒にいる時間よりも、その後で一人になる時間の方が、大切なのかも知れない」
 と、思うようになった。
 本当の自分がゆりなを欲するのか、それとも、もう一人の自分がゆりなを欲するのか分からない。
――ゆりなだって、僕の目の前にいるのが本当の自分なのか、それとも、もう一人のゆりななのか分からない――
 ゆりなは風俗嬢だ。風俗嬢の多くは、本当の自分を隠して、仕事をしているだろう。ただ、それは風俗嬢にだけ言えることではない。むしろ、営業マンの方が、その傾向が近いのかも知れない。誰もが、自分を隠して、表にはいい顔を出そうとしている。その気持ちは弘樹だから余計に分かるのかも知れない。
 弘樹の場合は、なるべく自分を隠そうとしない。隠そうとしないからなのか、余計、無意識に本当の自分とは違う、もう一人の自分を意識するのだ。
 もう一人の自分は、弘樹にとって、
――隠そうとしたい自分――
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次