「発展性のない」真実
というわけではない。隠そうとしたいのは、むしろ、本当の自分の方だった。だが、今では本当の自分を隠そうとすることもない。だから、もう一人の自分の存在を意識しているのかも知れない。
隠そうとしたい自分を持っている人には、却って、もう一人の自分の存在を知らないだろう。隠そうとすればするほど、表に出てくるのが、隠そうとしている部分であって、そこに意識が集中してしまうと、もう一人の自分の存在など、考えられるわけもないからだ。
風俗に通うようになって、弘樹はそのことに少しずつ気が付くようになった。そして、自分に無意識なのか意識的なのか分からないが、自分に近づいてきた琴音は、自分の中にももう一人の自分がいることを悟っていて、そして、同じ考えの人を探していたに違いない。
探していたのは無意識だったかも知れないが、偶然再会した弘樹の中に、最初は自信がなかったであろうが、同じ考えを人であるという意識を持ち始めたのだろう。
だからこそ、弘樹に近づき、身体も重ねた。そこに本当の愛が存在したのかは分からないが、少なくとも、愛だと認識していて、実は愛ではなかったような、恋愛感情とは違っていることだろう。
何かを捜し求めて、同じ気持ちの相手に何かを求め、身体を重ねることも、ひょっとすると形の違う愛なのかも知れない。
弘樹が釣りに興味を持ったのは、考える時間を求めてであったことは、自分でも分かっていたが、考える時間が、時として、同じ時間でも長く感じられたり、短く感じられたりするからである。
ただ、そのことはすぐには分からなかった。集中している時間ほど、考えている時間に段階があるなどということを、果たしてどれだけの人が分かっているだろう?
弘樹は、時々、そうやって他の人と比べてしまうことがある。
「僕は人と同じでは嫌なんだ」
と、日ごろから考えているからであるが、考えてみれば、人と同じことが嫌だということは、結局人と比べていることに変わりはない。自分独自という表現を最初に使うのであれば、それでいいのだが、先に人と比べる言葉が出てくるというのは、それだけ、気が弱いからなのかも知れない。
気が短いのも同じこと。人を意識しなければ、気が短くもないだろう。自分に対しての嫌悪感もひょっとすると、人と比べて、自分を見た時に感じる嫌悪感であったりすれば、それは、弘樹にとって、自分では認めたくない感覚に近づいているのかも知れない。
女性を求める気持ちに人との違いを考えたことはない。元々、同じはずがないと思っているからで、独自の考え方があるから、自分を好きになってくれる人は、最高な女性だと思うのだ。
「好かれたから、好きになる」
という考え方は、そのあたりに由来しているのだろう。
何事においても、考えの元になっている根幹は、一つなのかも知れない。その中で大きな要素を占めているのが、
「人と同じでは嫌だ」
という考えであろう。
「この気持ちは、もう一人の自分の考えと一致しているのだろうか?」
一致しているように思うようになったが、
「人と同じでは嫌だ」
という考え方の、「人」という中に、もう一人の自分が入っているのかどうかというのは疑問である。
琴音の中に、ゆりなを見ている弘樹がいた。
今感じているのは、
「自分に対しては、他の人と同じでは、嫌だと思っているくせに、好きな人に対しては、好きな人は同じような人がたくさんいてほしい。そして、そんな人たちがたくさん自分を好きになってほしい」
と、思っているのだ。
自分が、他の人と一緒では嫌なのは、好きな人から好かれたいと思うからである。
「だって、同じ人がたくさんいたら、好きになってほしい人たちは、他の人を好きになるじゃないか。僕以外の誰を好きになるか分からないというのも、嫌だよ」
もし、付き合い始めても、他の人に目移りされるのが嫌だという考えである。
これも発展性のないと思っている考え方から生まれたことだろう。発展性があれば、もっと他にいろいろ考えるであろう。だが、それも考えが堂々巡りをしてしまえば同じこと、つまりは、余計なことを考えないで、自分に素直になることが、一番自分のためになるという考えだった。
ゆりながそれを弘樹に教えてくれた気がした。そして、その考えに成就を与えてくれたのが、琴音だった。
琴音と出会う前の自分、それまでの自分を解放できたことの証明が、温泉旅館の女将さんが、弘樹に抱かれたことだ。弘樹に対してのイメージが変わったことが、女将に魔法の媚薬を与えてしまったのか、本当に女将さんは素直に、弘樹の腕に抱かれていた。
その瞬間だけということであれば、女将さんとの時間が、一番の至福の刻だったのかも知れない。
これからの自分がどうなるのか分からないが、いろいろ考えてくる中で、少しずつ分かってくる自分のことを、一つの発展性と思うようになるだろう。だが、これはあくまでも自分の中でだけのこと、まわりに対して、この思いが伝わるとは思えない。
もう一人の自分の存在は、弘樹にとって、いや、弘樹を取り巻く環境をも含めたところで、無意識に探していた何かを見つけられる気がするのだ。
それが何であるかは、今は問うことをしない。おのずと見つかる答えだからだ。
「おのずと見つかる答え」
それは、今までと変わらぬ考えを持ち続けることが、弘樹にとっての「真実」に違いないのだった……。
( 完 )
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作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次