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「発展性のない」真実

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 最初は何のことか分からなかった。自分だけのことをいろいろ考えていて、感極まった感覚で、思わず出てしまった言葉ではないかとも思ったが、それは、弘樹がなかなか自分のことを思い出してくれないことへの寂しさだったのではないかと思うのは、どちらが自然であろうか。
 弘樹にとっては実に都合のいい解釈でもあった。ただ、都合のいい解釈をすることが、分からないことを解釈しようとしたり、忘れてしまったことを思い出すための一つの手段だと思うのも無理のないことだと思う。
 琴音は、アルバイトをしている時、誰ともあまり話をしているところを見たことがないが、気遣いだけはキチンとしていた。それなのに、アルバイトを辞めることになったのはいきなりだった。
「彼女は、他のアルバイトの男性と、関係を持った」
 さらには、
「社員の男性と関係を持った」
 などと、いろいろな良くない噂が飛び交っていた。
――彼女に限って――
 と思いながらも、信憑性を確かめることなく、噂を信じてしまうのは、弘樹も人間として未熟なところがあったからだ。
 ここでも、琴音のことを忘れてしまって思い出せない要素があったことを思い出した。勝手に思い込んでしまったことで、琴音に悪いと思うことで、
――彼女のことを覚えていてあげないことがいいことなのだ――
 という思いが、弘樹の中にあったのだ。
 いろいろな細かい要素があって、琴音のことを覚えていないように、意識していたことを思い出してくると、琴音のことを一気に思い出せるような気がしたのだが、それでも何か引っかかりがある。やはり、琴音は弘樹にとって、不思議な雰囲気を背負った女の子である。
 今では、あの時の噂が本当であったかウソであったかは関係ない気がした。それは時間が経っているからというわけではない。琴音が、もし他の男性と関係を持ったとしても、それは彼女の性格であればそれでも仕方がないと思う。
――好きになったのに、それを許してしまうのか?
 自問自答してみるが、それに対してもう一人の自分は答えてくれない。
 好きになった人を独占したいという気持ちは強い方なのに、なぜ琴音に関しては、感じないのだろう。
――それだけ年を取ったのかな?
 年齢を重ねると、自分に自信が持てなくなり、相手が他に男性がいても、それを仕方がないと思う人もいるというが、少なくとも、弘樹にそんな気持ちはない。好きになった人を独占したいという独占欲は、当然のごとく持っているのだ。
 琴音がアルバイトに来ていた頃の自分を思い出していた。
 自分は三十代前半くらいだっただろうか。今から思えば、琴音は相当年齢が離れているように思えた。
 相手が学生であるということも大きかったが、成長期であれば、日に日に雰囲気が違ってくるという感覚が強くあったからだ。
 三十代前半の弘樹は、やはり今と変わらずの発展性のない性格で、さらに気が短かった。しかも釣りを知る前だったので、自分の性格をいかに抑えるかという術も分からず、人に逆らうことも結構あったと思う。それでも、何とかここまで来れたのだから、何か他にいいところもあったのではないかと思うが、それは本人には分からないところだった。
 弘樹の考えに納得する人もまわりにはいた。さすがに本心をズバズバいうことはなかったが、話をしていて共感してくれる人はいた。彼らは、今の生活のどこかに不満を持っているようだが、何に不満なのかを分かっていない。それだけに苛立ちは激しいのに、短気な部分を表に出さないようにしているので、自分の中でのジレンマに耐えきれなくなり、抑えきれない感情の持っていき場所に困っていた。
 弘樹はそんな彼らの気持ちが痛いほど分かった。分かったが、どうしてやることもできない。ただ、話を聞いてあげるしかできないが、それでも彼らには感謝される。
――恐縮だな――
 と思ってしまうが、自分の話を聞いてくれる人がいないことに、複雑な思いを抱いてしまうのだった。
 聞き役に徹するのは、学生時代からのことだった。自分から発言することがなく、ただ話を聞いているだけというのは、離す方にはありがたがられるが、聞いている方は、結構疲れる。
「どうして、そんな疲れることをするんだい?」
 誰かに言えば、きっとそう言ってもらえるだろう。
 だが、これが自分の性格なのだと最初に思いこんでしまったのだから、途中で性格を変えることは難しい。しかも、自分の中にもう一人いるのだとすれば、余計に難しいことである。分かったのは、最近のことであるが、何となくもう一人の自分の存在というものに気付いていたのかも知れないと思うのだ。
 三十代前半という年齢は、それからの十年があっという間に過ぎることを予感させるに十分だった。すでにその頃になると、毎日のマンネリ化を当然のごとく受け入れる自分を感じていた。
 確かに発展性のない性格ではあるが、マンネリ化をいいことだとは思っていない。機会があれば、少しでも膨らみのある毎日にしたいと思って当然ではないだろうか。
――薄っぺらさがあるから、余計に背中合わせになっているもう一人の自分を感じることができるのかも知れない――
 そんなことを感じていると、弘樹にとっての三十代前半は、人生の中に何度かあるターニングポイントが存在しているのではないかと思えた。
 膨らもうという気持ちが強い方が、表に出て行くのだとすれば、今の自分のように発展性のない性格でも、膨らもうとする何かがあるのだろうか。あるとすれば、どこに膨らもうとする根拠があるのかが分からない。根拠もなく膨らもうとするなど、考えられないからだ。
 釣りをするようになって、少し変わったのかも知れないが、根本にそんな変わりはない。琴音は、そんな弘樹に何を見たというのだろう? 魅力を感じるものなど、何もないはずなのにである。
 発展性のない性格になってしまったのは、心の中に、発展することに対して諦めを見たからであるが、他の人から見れば、それこそ、諦めが早すぎると見られることだろう。それだけ冷めた目で見ているからで、冷めた目で見ている人は諦めが早く、気も短いと思うようになっていた。
 弘樹の十年後輩に、弘樹と同じような性格の社員がいた。
――僕のような性格の人は、そうもいないだろう――
 と思っていたが、まさか、自分の後輩に現れようなど思ってもいなかった。
「類は友を呼ぶ」
 と言われるが、まさしくその通りだ。
 だが、彼が同じ部署にやってきたのは、偶然ではないかも知れない。上司や総務の人が見て、同じような性格の人を転属させたのかも知れない。考えすぎかも知れないが、そう思う方が自然な気がした。
 お互いに性格が突出しているので、衝突もある。さすがに後輩の方から、挑発的な態度を取ることはないが、弘樹の方も、露骨な態度を取ることは控えていた。大人げないことくらいは分かるからである。だが、いつ爆発しても不思議のないような一触即発の状態が続いたことも事実である。今では落ち着いているが、思い出しただけでも、会社に来るのが本当に嫌な時期でもあった。
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次