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「発展性のない」真実

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 時間がなかなか経たない時と、あっという間に時間が過ぎてしまうことがあるが、それも、もう一人の自分が表に出ているか出ていないかの違いで感じるのかも知れない。
 もう一人の自分を意識することがあっても、本当にその存在を確信できるほどではない。漠然と意識している方が自分の行動をあまり把握できないが、中途半端な把握であれば、分からない方がいいかも知れないと思う。
 いつも、もう一人の自分が表に出ているわけではないので、意識しすぎると、今度は、本当の自分を見失ってしまうことになるだろう。見失ってしまうと、もう一人の自分どころではない。なぜなら、他の人に見えているのは、本当の自分でしかないからだと思うからだ。
――もう一人の自分の存在は、自分にしか分からない?
 もし、他の人に分かるのであれば、弘樹の行動をおかしいと思い、誰かが指摘してもしかるべきだ。誰もしないということは、意識していない証拠である。
 ひょっとして、もう一人の自分が表に出る時は、本当の自分に見えるように表に出るのではないかと思ってもみたが、それではもう一人の自分の存在意義自体がないではないか。やはり、もう一人の自分の存在価値は、自分の中にいて、自分にすら意識させないほど隠れていて、自分への戒めとしているだけなのかも知れない。
 だが、その考え方は、あまりにも都合がよすぎる感じもする。それでももう一人の自分の存在を意識しているだけいいのではないか。存在を知らないのであれば、それで済むことを、わざわざ意識するのだから、それがもう一人の自分にとって、有難迷惑に当たるとしても、存在を意識してもらえるのは、悪いことではないだろう。
 誰もが、もう一人の自分を背中合わせに持っているという考えは危険であろうか。少なくとも、まわりを見ていると、持っていない人はいないように思える。それは自分の知り合いには、性格的に極端な人が多いからだ。それは、裏を返せば、性格が一直線で、素直な性格だとも言えるだろう。多重人格に見える人も、一つの性格に曲がったところがない。だからこそ、「多重」に見えるのだ。もし、多重に見えなければ、性格が曲がっているように見えることだろう。そういう意味では、見ている人によって、彼の場合は、いろいろな角度から見られていることだろう。
 琴音は、弘樹のことを好きだと言った。弘樹も琴音のことが好きである。好かれたから好きになったのだが、好きになっていく過程で、
――本当に好かれたから、好きになったのだろうか?
 と思った。
 琴音という女性が、今まで自分が知っている女性たちと違っていたからだが、それは、風俗の女の子も含めてのことだった。
 琴音には、その後ろに、もう一人の自分を感じたからだったが、実は風俗の女の子にも、もう一人の自分を感じていた。ただ、もう一人の自分が前面に出てくることはなく、何となく感じるだけであった。
 琴音の場合は、完全に表に出てきていて、気を付けていなければ誰も分からないかも知れないが、
「どこかが違う」
 という気持ちが、
「彼女は変わっている」
 という言葉で片づけられてしまうかも知れない。
 もう一人の自分が前面に出ているのを感じたことがあったのは、琴音だけではなかった。温泉旅館の女将さんにも同じものを感じた。感じたからこそ、身体の関係になってしまったのであって、もう一人の女将さんは、本当に素直であった。
 普段の女将さんは、素直さを表に出しながら、どうしても女将さんとしてのしたたかさが強く押し出されるため、なかなか素直さを素通りしてしまうだろう。
「彼女は女将さん」
 ということで、女性として彼女を見ている人がどれだけいるのだろう? と思うくらいであった。
 琴音が弘樹のことを好きだと言ったが、どっちの弘樹のことを見ているのか、ハッキリと分からない。分からない方がいいのかも知れないと思うほどで、何と言っても、ほとんど、お互いのことを知らないではないか。弘樹も琴音を好きだと思ったが、それは好かれたからだという前提があるからで、もし、前提がなければ、本当に好きになったかどうか分からない。
 もう一人の自分が見え隠れしているところには、魅力を感じる。自分も同じだと思うからだ。他の人に感じないことを、その人にだけ感じるとなると、それだけで、十分に魅力を感じて当然ではないだろうか。
 弘樹が気になっているのは、琴音に関して、
――どこか、彼女に対しての記憶が飛んでいるところがあるのではないか?
 と思うことだった。
 彼女のいうように、確かにアルバイトに来ていた女の子を思い出すと、琴音がいたことを思い出すことができる。だが、どうしても、今の琴音の行動と、その時の琴音とでは、繋がらないところが見えてくるのだ。それが何かのか分からない今なのに、好きになったというのもおかしなものである。
 釣りで一緒になった琴音も、まるで別人ではないかと思えるほどだ。もう一人の自分という存在を考慮に入れても、どこか違っているように思えてならない。それは、きっとアルバイトをしていた時に感じた琴音の印象に、インパクトのある何かがあって、それが何なのかを思い出せないからであろう。
 釣り糸を眺めていた彼女を思い出すと、何を考えているのか分からないというイメージしか残っていない。初対面だとしか思っていなかったから、そういう目で見てしまったからであろうが、それだけであろうか。
 ただ、何かを考えていたのは事実だと思う。糸の先を見ながら微動だにせず、ずっと見ているなど、他のことに考えを巡らせていなければ、できないことであろう。もちろん、それは弘樹自身、自分に置き換えて考えているにすぎないのであるが、琴音の視線の焦点が合っていて、目をカッと見開いていた時だけ、考えていないかも知れないのではないだろうか。
 弘樹は、アルバイトに来ていた時の琴音を思い出していた。
 まだあどけなさが残る中で、どこか大人っぽさを感じさせたが、それは、思春期の女の子が背伸びしている雰囲気も感じられたが、それ以上に、彼女の中にある人を纏める力のようなものがあった。
 ただ、それは自分が中心になって、まわりを従えるというわけではなく、人に助言をすることで、役に立とうと思っているようだ。
「縁の下の力持ち」
 という言葉が合う、裏方が似合うのかも知れない。
 正社員の中には、弘樹よりも若い男の子もいて、彼らには、琴音は人気があった。派手ではないが、どこか気になる女の子というイメージを抱いたに違いない。かくいう弘樹も同じことを抱いていたからだ。
 ただ、弘樹は年齢が離れていることと、社員とアルバイトという関係以上になることを、必要以上に気にしていたように思う。素直でなかったと言えば、それまでなのだが、
――もう少し、気にしてあげてもよかったかも知れないな――
 すぐに思い出せなかったのは、自分が素直でなかったのが原因だったのだろう。
「寂しいな」
 釣りをしていて、ボソッと、琴音が呟いた。
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次