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「発展性のない」真実

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 五感を満足させられると、それ以上の快感などありえないだろう。理屈でも分かっていて、身体でも感じている。その思いを、弘樹は忘れないようにしたいと思い、なるべく長引かせようとする。その間にも、琴音は何度も絶頂を迎えていたようだ。
 どれくらいの時間が経ったのだろう? 気が付けば眠ってしまっていたようだ。
 目が覚めると、隣で琴音が弘樹の腕に抱かれながら眠っていた。自分の記憶にあるシチュエーションの延長なので、疑いもない事実なのだろうが、
「夢の続きではないだろうか?」
 と思うのは、なぜだろう?
 夢というものが、寝て見るものだけではないということを思う瞬間でもあった。
 起きていて夢を見ているのだとすると、起きていること自体の信憑性を疑いたくなってくる。
 夢は潜在意識の成せる業だと言われることから、
――夢を見ている感覚は、何も考えていないことの証拠なのかも知れない――
 と思う。
 考えが入ってしまうと、夢が歪んでしまう気がするからだ。夢というものが、何かの力によって見せられているものだとすれば、そこに自分の考えが後から影響することはない。元々の考えから派生しただけのものが夢だという考えだからである。
 隣で気持ちよさそうに寝息を立てている琴音はどんな夢を見ているのだろう?
 そういえば、夢の共有を考えたことがある。ここまで近いのだから、一番共有していてもいいはずで、今琴音の夢の中に、自分が出ているのではないかと思うと、むず痒い感覚になるのだった。
 琴音の夢の中には、果たして弘樹がいた。だが、同じ弘樹なのだが、夢の中の弘樹は、完全なサディスティックな弘樹であった。
 琴音が嫌がることを平気でする。身体を縛ってみたり、感じる部分の刺激に強弱をつけて、焦らしてみたり、琴音が恥かしいと思っていることを、ことごとくさせようとする弘樹に、琴音は快感で身悶えしていた。
 もちろん、弘樹はそんな琴音の夢の中まで分かるはずもなく、優しく見つめているだけだった。
 琴音の夢の中では、そんな優しい顔の弘樹は登場せず、いやらしく唇を歪めた厭らしさしか感じさせない表情だった。
「お願い、許して」
「ダメだ!」
 そんなやり取りに、夢の中であるにも関わらず、淫臭が漂っている。弘樹は、さらに淫乱な行動に出るのだが、何度も頂点に達した琴音の身体は、どこまで耐えられるのか、それが一番の興味であった。
「まだ、夢の中で余韻があるんだな」
 と、弘樹は感じていたが、まさか、琴音の中の「もう一人の自分」が暴れているなど、思ってもいなかった。
 しかも、この「もう一人の自分」を、琴音は愛しているのだ。本当に琴音が愛しているのは、現実世界の弘樹ではない。それを琴音は自覚しているのだろうか?
 ただ、今回の行動は、その思いを確かめたくての行動であった。琴音にとってそれは意識的ではなく、無意識だったことで、弘樹に対しては、何かを疑う気持ちになることはなかったようだ。
「愛とは何なのか?」
 誰もが考えていることだが、それぞれに定義が違う。琴音も弘樹も、お互いに相手がそれを知っているのではないかという思いになったことで、知り合ったのではないかと思っている。身体を重ねることで、その答えが見つかると思ったわけではないだろうか、自然な行動であることから、何かの意味があることには違いないようだ。
 琴音がどこまで今の自分を理解しているか分からない。また、夢の世界の出来事も、夢だという自覚がなければ、きっと、頭の中で混乱を招いていることだろう。招いてしまった混乱を少しでも和らげようと、無意識にすべてを夢だと思うようにしているのかも知れない。
 弘樹は、次第に琴音の夢の中に入り込んでいる自分を感じているようだった。ただ、夢の中に入り込んでいく中で、少しずつ大切なことを忘れて行っているように思えてならない。なくしているのか、失っているのか、どちらにしても、どんどん消えていくのを感じるのだった。
 琴音の身体を忘れることはないように思うが、それよりも、琴音という女性の存在自体が薄くなってくるのではないかと感じることが怖かった。話を深める前に身体を重ねてしまったことに、弘樹が後悔の念を抱いたのは事実だった。
 釣りをしている時、琴音はじっと釣り糸を見ていた。自分の手で操っている糸を見ているのであれば、飽きることもないのだが、人が操っている糸を見ているのに、飽きが来ないというのも不思議なものである。
 浮き輪が浮いたり沈んだりしているのを見ていると、眠くなったりするのではないかと思うのだが、琴音には、そんなことはないだようだ。
 考え事をしていると、確かに時間が経つのを忘れてしまうくらいになり、あっという間の出来事として記憶に残るのだろうが、その時の琴音は、考え事をしているのかが分からなかった。気にしていても、まるで気配を消しているかのように、オーラを感じさせなかった。再会した時の喫茶店では、いるだけでオーラを感じさせたのに、温泉旅館ではまったく気配を感じさせない。まるで別人ではないかと思うほどだった。
 別人ではないかという意識は、随所に見られた。
 弘樹を見つめる目は、以前にも感じたことのあるものだったが、それは、琴音が弘樹の会社でアルバイトをしていた時の女の子に感じたものだった。そういう意味では、今日現れた琴音は、以前弘樹の会社でアルバイトをしていた女の子に違いないと思える。
 その頃の弘樹も、毎日が平凡で変わりのない生活の繰り返しだった。平凡で、変化のない暮らしに違和感がなくなってきたのは、ちょうどその頃だったように思う。少々のことには、何も感じなくなった。潔いという言葉で自分を納得させてきたが、ただの言い訳でしかないことは、その時も分かっていたはずだ。
――いかに自分を納得させられるか――
 それが、弘樹の中での言い訳を正当化させようとする、さらなる言い訳のようなものだった。
 自分が、毎日の生活を平凡でも納得できるようになったのは、女の子に対して、あまり感情を持たなくなってからだ。それまでは、彼女がいないことや、女性の友達がいても、まるで相手にされていないことを分かることで、絶えず自己嫌悪に悩まされていた。
 いつも何かを考えているというのは、余計なことを考えてしまうことを自己嫌悪に結びつけないようにするために、いろいろなことを考えるようにしていたのだ。最初からいろいろなことを考えるのは、意識してのことではなく、無意識の考えが、頭の中を巡ったのだ。
 琴音を抱いていると、次第に、彼女の視線が自分ではなく、自分の後ろにいる誰かを見つめているように思えてならない。最初は、恍惚の表情から、目の焦点が合っていないことで、どこを向いているのか分からなくなってしまっているかのように思えたが、実際にはそうではないようだ。
 釣りをしていた時の自分と、今の自分を見比べている。そして、琴音の感情は、釣りをしている時の弘樹を明らかに意識している。毎日を平凡に過ごしていて、発展性のない弘樹である。
――普通なら、逆だと思うのだが――
 しかも、そう思いながら、今の弘樹に抱かれて、琴音は恍惚の状態にいる。
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次