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「発展性のない」真実

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 何と言っても、感情のやり取りがなければ、快感などありえないと思っている。一人で感情を高めることができないわけではないが、高める感情の中には限界があるだろう。風俗の場合は時間に制限があるだけに、余計に気持ちの高ぶりをコントロールできるようになったのかも知れない。
 だが、実際に誰かと愛し合う時には、そんなコントロールはまったく無意味だ。無用の長物と言ってもいいかも知れない。身を任せるだけではなく、自分の感情をあらわにすることが恋愛では大切なこと。コントロールなどという制限は、不要ではないだろうか。
 琴音の反応は絶えず、条件反射の繰り返しだった。感情に任せたかと思うと、引き戻し、さらに快感に身を委ねる。そんな琴音を弘樹は可愛いと思う。可愛さは、感情に任せた時に感じ、愛おしさを、引き戻した時に感じる。それが、弘樹が琴音に対して感じる思いの丈であった。
 ベッドの中では、シーツが身体を包みながら、普段にはない感触を感じた。琴音の身体に集中しているはずなのに、なぜかシーツの感触を味合わないわけにはいかなかった。なぜなのかと考えていたが、それだけ身体が敏感になっているからだった。そんなことは考えなくてもすぐに分かることであろうと思うのに、どうして分からないのか、それだけ敏感になった身体が、相手によってなのか、その時々でなのか、違っているからであった。
 本来ならふわふわで、重みを感じることなのどないのに、ホテルのシーツには重みと、身体を刺激する違和感すら感じさせる。
――琴音も同じことを感じているのだろうか?
 シーツの感触を感じるようになると、今日一日のことを回想し始めた。
 朝からソワソワした気分でいたが、一日とは長いもので、ソワソワした感覚の波が、何回となく訪れた。そのたびに、時間が気になって、
「まだ、こんな時間なのか?」
 と思う時と、
「もう、こんなに時間が経って」
 と思う時、それぞれであった。ただ、約束の時間が近づくにつれて、その周期は短くなり、なかなか時間が過ぎてくれない感覚の方が強くなっていった。
 約束の時間を待たずに、待ち合わせ場所にきたのだが、居ても立っても居られないという感覚は今までとは少し違っていた。
 今までであれば、約束の場所で待っていても、ただ時間の経過を待っていればいいだけで、気にすることは何もなかったが、今回は。
――来てくれなかったらどうしよう――
 という気持ちも正直あったのだ。
 今まではもし、相手が現れなくても、それなりに諦めがついていたと思うのに、今回はそれが自分で許せなかった。きっと何か、確かめたいと思っていることがあったからに違いない。
――確かめたいこと――
 それが何なのか、今となっては思い出せない。会ってから顔を見た瞬間に忘れてしまったようだ。
――身体を重ねているうちに思い出すかも知れない――
 自然な成り行きとして、ここまで来てしまった弘樹にとって、思い出そうとする意志はあるのだが、身体を重ねていると、そんなことはどうでもいいことのように思えてきた。
 琴音の反応と、快感に耐えられず漏れてくる声を感じながら、弘樹も自分がどんどん男として変わってくることを感じていた。
「僕は絶えず紳士でありたい」
 という気持ちが強かったのだと、今感じている。
 紳士でありたいから、どこか遠慮だったり、強く責められないところがあったりしたのだ。
 ただ、紳士だからといって、遠慮と背中合わせではないはずだ。相手を責めるSMというのも、大人の紳士のたしなみだという人もいるくらいで、穿き違えていたのかも知れないと感じたほどだった。
「紳士というのは、相手が望むことを、さりげなくこなすことができる人だ」
 というイメージを持つようになった。ただ、それはすべてではなく、相手のためになることであればという前提に基ずくものだと思っているが、果たして自分にそれができるかどうか、疑問であった。
 少なくとも、相手が自分を曝け出し、委ねる気持ちになって、ベッドを共にしているのだから、紳士でなければいけないと思う。ベッドの中の紳士は、心得ているつもりだった。琴音は、そんな弘樹の思いを分かっているのではないかと思っている。快感に身を委ねている琴音が、一気に暴走しないように制御するのも、弘樹の紳士としての態度だと思っていた。
 その中には、焦らしもあった。
「ああ、そんな……」
 その言葉を聞いて、思わず唇を歪める弘樹は、まさにサディストだった。だが、それは紳士的な行動がもたらすもので、
――この女は、私が蹂躙しているんだ――
 と、支配感が充満している気持ちの中のどこに、紳士的な行動があるのか疑問であったが、蹂躙の中にこそ、包み込むことの満たされる充実感でお互いの気持ちが溢れていることを感じさせた。
 男と女の関係ほど、流動的なものはない。お互いの感情、そして立場、打算などが渦巻いている中でのゲームのようなものだと言っている人もいたが、ゲームのように単純なものではない。最終結論が勝ち負けでもないし、従属でもない。行きつく先が幾種類あったとしても、それが真実であれば、その人たちにとっては、「正解」なのだ。
 男と女の関係がゲームだと思ってしまった瞬間に、その人は、トラップに引っかかってしまったような感覚になるだろう。堂々巡りを繰り返すことがくせになり、どうして抜けられないのか、考えることはあるだろうが、トラップであること、そして、ゲームという感覚が邪魔していることを悟らない限り、堂々巡りを抜け出すことはできないのだ。
 堂々巡りという感覚は、普段から誰にでもあるだろう。もちろん、男女の関係になったことのない人にもある。堂々巡りのすべてが、男女関係から発生しているわけではないのは分かっているつもりだが、男女関係から派生するものが、意外とその人の性格に大きな影響を及ぼしていることもあるに違いない。
 琴音の身体が、弘樹にピッタリと合わさり、空気の入る隙間もないくらいになる瞬間を感じる時がある。それは、最後の一線を越えた時ではなく、それ以前に一度感じることがあるのだ。
 それは、誰にでもあることなのだが、感じている人が果たしてどれだけいるのか疑問ではあった。
 聴覚の快感を感じ、相手の表情に視覚の快感が加わり、全身で触覚を感じる。さらに人間の五感の中には、臭覚というのがあるが、女性ホルモンの分泌が大きくなり、その匂いを感じた時が、
「相手と一つになれた」
 と、感じる時だと思うのだ。
 甘酸っぱい感覚に、身体の反応が一気に爆発する瞬間だ。ただ、それは一瞬であり、果ててしまうわけではないので、気付かない人もたくさんいるだろう。弘樹もずっと気付かないでいたが、これも、風俗で気付いたことだったのだ。
 その時の快感を果たして、どれほど大きなものとして感じたことだろう。弘樹は、琴音との快感を感じながら、思い出していた。
――琴音には、五感をすべて満足させる魅力がある――
 味覚に関しては、文章では表現できない。しいていえば、相手がどれほど自分を愛してくれているかの答えは、その密度にあるということであろうか。
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次