「発展性のない」真実
一緒にいて、すぐに相手のことを分かってしまう女性もいるのかも知れないが、弘樹はそんなに人に簡単に看破されてしまうような単純な性格ではない。
だが、それは、あまり馴染みのない人に対してだけだった。
学生時代の友達から、
「お前は本当に分かりやすいやつだ」
と言われたことがある。
その最たる例が、女性の好みらしく、
「お前の好きなタイプは見ていてすぐに分かる」
と、言われる。しかし、
「どんなタイプが好きなタイプかと聞かれると、答えられないんだよな。一口では言い表せない気がするんだけど、でも、女性を見て、その人が好みかどうか、すぐに分かるのさ」
と、言われたが、それは、一種のハッタリのようなものだった。
女性を見て分かるわけではなく、弘樹の表情を見て、好きな相手なのかどうなのかを、その表情で見抜くというのだ。
最たる例が分かってしまうと、いろいろ弘樹のことを、
「なるほど」
と思わせるのだ。
分かりやすいという意味が、素直だということであれば、弘樹は正直嬉しいと思う。ここで正直に喜べるのも、弘樹が分かりやすい性格であることを示している。
なるほど、弘樹の性格は、堂々巡りのようだ。三すくみのようなものだと言ってもいい、それぞれに牽制があって、均等なバランスが取れているのだと思えば、横の広がりがどれほどのものかということで、
性格が堂々巡りを繰り返すからなのか、考えていることも堂々巡りを繰り返す。
性格に発展性がないと思っていたが、発展性がないわけではなく、堂々巡りを繰り返して、出口が見つからないからなのかも知れない。
待ち人来たらずに近い気持ちにならないように、再度気持ちを引き締めた。五分を切ると、いつ現れても不思議のない時間。目の前に琴音が現れた時に、どのように応対するかを今さらながら考えていた。
それまでに、いくらか考えていたが、ラスト五分のカウントダウンを切ると、考えていたことが、リセットされたかのように思えた。
頭の中で、何かがリピートを繰り返し、カウントダウンが、梵鐘を繰り返していた。
「お待たせしました。お待ちになりましたよね?」
目の前に現れた琴音は、前に会った時の琴音と明らかに雰囲気が違っていた。明るさが表情からは溢れていて、目線が合ったら、お互いに笑顔で返す。そんな仲になっていた。
「いえいえ、そんなことはないですよ」
言葉に出して言ったのが本当に自分なのかと、疑ってみたくなるほどだった。声のトーンは高くなっていて、声も震えていた。まるで大学時代の恋愛を思い出した気分になっていた。
仕事で遅くなったとは言っていたが、もし、遅くならなければ、もっと早く来ていたということだろうか、あまりお互いに約束の時間よりも早く出会っていれば、どこか冷めてしまっていたかも知れないと思った。ここは、男が待たされるという構図が一番似合っているのだ。
約束の時間の十分前に、彼女が現れていればどうだっただろう?
まだ時間までには、かなりあると思っていたのだから、まだまだ心の準備はできていないはずだ。あまり早くから心の準備をしていれば、疲れてしまうこともあるだろう。それ以上に長続きしないはずなので、結局は、どこかで後悔させられる運命にあったのではないだろうか。
最初に感じた喫茶店内の明るさが、いつの間にか元に戻っていた。暗い雰囲気に包まれていたと思ったのが、いつ元に戻ったのか。それは琴音が威勢よく入ってきた時だったに違いない。
喫茶店の雰囲気も途中、狭く感じられたが、こちらもいつの間にか、元に戻っていた。
待っている間という時間は、きっと特殊な時間だったのだろう。普段とは違う世界を形成していて、
――違う時間を通り越してきたからこそ、出会った時に感じる雰囲気は、最初と同じに見えても、違ったものであることを意識させるものだ――
と、思わせたのだ。
相変わらずの笑顔がステキだった。だが、以前一緒にいた時間、こんな笑顔を見せたであろうか。同じ笑顔であっても、少し違っていたかも知れない。そう思うと今の笑顔は、本当の彼女の笑顔ではないような気がした。
――ただの社交辞令?
そうは考えたくなかったが、信憑性は高い気がした。
笑顔がステキな琴音の顔を見ると、言いたいこと、聞きたいことがたくさんあったように思っていたのが、まるでウソのようであった。何を言おうか、すっかり分からなくなってしまっていた。
「何か、僕の記憶と違っている部分があるような気がするんですけど」
一番聞きたいことをストレートに聞いてしまった。それも、何を話していいか分からなくなってしまったことで、話の順序を無視するしかなかったのだ。
「そうですね。お手紙を差し上げたのも、そんな気持ちがあったからなんですが、野村さんは、私がどうして連絡先を知っていたか、それが不思議なんでしょう?」
「ええ、その通りなんです。あなたにどこで連絡先を教えたのかが、不思議で仕方がなかったんですよ」
声が上ずっているのが分かった。
「いいえ、私はあなたから教えられたわけではないんですよ。かといって、わざわざ苦労して調べたわけでもありません。それは野村さんが思い出せないだけなんですよ」
「どういうことなの?」
「私は、高校時代、野村さんの会社でアルバイトをしたことがあったんです。その時に連絡網みたいなものを一度教えられたことがあったんですが、その時の資料が残っていたんですよ」
会社が緊急連絡先を提示したのは覚えているが、住所まであったかどうか、今では記憶にない。今の会社ではなく、前に勤めていた会社で、あまり好きではない業種でもあったので、それほど長くは勤めていなかったが、言われてみれば、何となく、その時のことが思い出された。
だが、その中に琴音がいたかどうかまでハッキリとしないのは、その時にアルバイトに来ていた人たちは全体的に暗い性格で、
「僕のところには、暗い人ばかりが集まってくるのかも知れないな」
と、勝手に想像したのを思い出した。
琴音と最初に出会った時の印象は、決して明るい雰囲気ではなかったが、話をしてみれば、暗いという雰囲気は払しょくされ、可愛らしさや愛おしさを感じさせるほどの女性であることに気が付いた。もし、以前に琴音と話を少しでもしたことがあれば、今の琴音が分からなかったということはないだろう。
温泉旅館で会った時と今とでは、琴音の雰囲気が違っているように思えた。それなのに、
「野村さんは、この間と雰囲気が違いますね」
と、先制攻撃を受けた。
――いきなり何を?
思わず、声に出そうになるのを思いとどめるのには、力がいった。まるでこちらの言いたいことを分かっていて、先を越そうとしているようではないか。
確かに、あの時とはまったく違う心境だと言ってもいい。旅行先と、今とでは、明らかに違っているのも当たり前だ。
「私もあの時とは違っていると思いますよ」
「どういう風にだい?」
「きっと、野村さんが感じているのと同じ思いだと思います。野村さんは、私のことを暗い女の子だと思っているでしょう?」
「どうしてそう思うんですか?」
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次