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「発展性のない」真実

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 会いたいからと言って、気に入ったというわけではないのだろうが、気になる存在であることは間違いない。彼女にとって弘樹という男性を想像するに、弘樹が自分で見ている自分とイメージがかなり違っていることには違いないように思う。
 そこで、弘樹に欲が出てきた。
「琴音の思いに沿うような男性になっていたい」
 それは、まず嫌われたくないという思いからだった。好きになってほしいという気持ちの一歩手前だが、消極的というか、謙虚というか、そんな姿勢がひょっとすると、表に出ていて、琴音が気に入った部分だったのかも知れない。
 今まで、女性と付き合ったことは少なかったのには、理由があった。
 弘樹は、女性に対して、基本的に、
「好かれたから、好きになる」
 というパターンである。
 知り合ってから、初めてのデートであったり、人からの紹介であれば、初対面の時には、とても気分が高ぶり、夜も眠れないことがあるくらいだったが、実際に会ってからは、次第にその思いは、トーンダウンしていき、なかなか、上昇する気分にはなれないでいた。
 性格的にも「加算方式」というよりも「減算方式」で、満点からの減算のパターンを辿ってきた。
 しかも、弘樹に対して付き合ってみたいと思う女性や、紹介された女性のほとんどは、加算方式の考えを取る人が多かったので、考えが交わることはなかった。
 そういう意味で、まわりからは、
「せっかく紹介してやったのに」
 であったり、
「一体、何様のつもりだ」
 などと、陰口を叩かれることも多い。
 相手が、弘樹に興味を持ち始める頃になると、弘樹の方では、相手の悪い面しか見ないようになっているので、それも仕方がないのかも知れない。一般的に受け入れられない性格を損な性格だと思って、仕方がないと考えるか、あるいは、余計なことを考えないようにするかのどちらかしかないのだろうが、弘樹の場合は、余計なことを考えないようにしようとしていたのだ。それも、発展性のない人間性を形成してしまう一つの要因であったことには違いないようだ。
――今回も同じことになるのだろうか?
 それは分からない。発展性がないからと言って、せっかく相手が会いたいと思ってくれているのなら、会わないわけにはいかないと思った。それに、
「もしかしたら、本当に好きになれる相手かも知れない」
 という期待も抱いていたし、何よりも、手紙の内容の真偽を自分で確かめたいと思ったからだった。本人と話をしてみないと分からないことなのだろうが、果たしていかに話を切り出すかというのも、難しいことだった。
 弘樹は手紙の返事を書き、数回のやり取りで待ち合わせの時間を決めた。
 今さら古風な手紙のやり取りなど、どういう考えなのかと思ったが、他の男性なら、痺れを切らせるところなのだろうが、弘樹のように、会うまでに気持ちを高ぶらせる男には、焦らされている方が、気持ちの高ぶりをフルスロットルに持っていけるであろうから、ありがたかった。
 弘樹にとって、待っている時間は、やってきてしまうと、あっという間だったように思う。他の人がどのように感じるのか分からなかったが、きっと、他の人も同じなのだろうと思いながらも、人と違っていてほしいと思うのは、自分が天邪鬼だからなのかと思うのだった。
 天邪鬼といえば、聞こえは悪いが、他の人と少しでも違っているところを示したいのだ。考えに発展性がないくせに、なぜそのことにこだわるというのだろう? 性格的に生真面目なところを示したいからではないだろうか。自分に対して素直なところがあり、生真面目であれば、天邪鬼だと言われてもいいと思っていた。
 久しぶりの再会に、弘樹の胸は躍っていた。待ち合わせの喫茶店には、三十分も前に着いていて、琴音の到着を待っていた。
 待ち合わせに指定された喫茶店に来るのは初めてではなかったが、初めてのような気がしたのは、それだけ、以前来た時と、心境が違っているからに違いない。以前来た時は、ただの時間潰しで、電車の時間待ちだった。雑誌を見ながら電車の時間まで待っていたが、一時間近く、いたような気がした。急いで帰る気になれなかった時で、時間を無駄にしているという感覚はまったくなかった。
 雑誌を手に取って読んでいたが、普段は読まない雑誌を読むのは新鮮だった。政治面の記事など、普段新聞で斜め読みしかしたことの内容を、いろいろ比喩しながら書いているのが面白く、興味深く読んでいた。
「こんな時間を過ごすのも、いいものだ」
 と、思ったのを思い出していた。
 以前と同じように、雑誌を手に取って読んでいた。同じように政治面の記事を中心に読んでいたが、以前に比べて新鮮さに欠けていた。
「一回目でなければ、これほど新鮮さに欠けるものなのだろうか?」
 と感じたが、回数の問題ではないような気がしていた。
 あれから、時々雑誌を買って読むようになったが、次第に興味を持つようになっていた。興味を持った最初の場所に戻って、もう一度読むと、同じような新鮮さを思い出すものだと思っていたが、どうやら違うようだ。
「なぜなんだろう?」
 自問自答を繰り返したが、環境が、その時と違っていたからではないかと思うのだ。
 琴音を待っていると次第に喫茶店内が暗くなってくるのを感じた。
 自分の目が部屋の調度に慣れてきたからなのだろうが、雑誌を読むにはギリギリの明るさだった。
 待ち合わせの時間は、午後七時半、これから夕食を一緒に食べるには、ちょうどいい時間ではないだろうか。待ち合わせ時間の三十分も前に来ることは珍しいことではなかったが、時間を持て余さないつもりでいたのに、途中から、雑誌を読むのも控えるようになった。気分的に心境が変わってきたのだ。
 待ち合わせ時間の十分前と、五分前とでは、全然心境が違っていた。
 十分前は、待ち合わせの時間までには、まだまだあると思っていたのだが、気が付けば五分前になっていた。その間は、あっという間に過ぎた気がしていたのに、次第に不安になってくる自分を感じていた。
 まだまだ時間があると思っていた時は、精神的に余裕があった。だが、実際に五分経ってしまうと、まだ、五分前なので現れないと分かっているはずなのに、
――ひょっとして現れないんじゃないか――
 という不安感に襲われるようになっていた。
 それは徐々にこみ上げてくるもので、最初から一気に感じるものであれば、不安感として残っていかなかったかも知れないと感じた。
 弘樹にとって、この待ち合わせには、期待するものがあった。
 琴音という女性が、自分に対してどのような印象を持ってくれているか、分かっているつもりだった。後からわざわざ手紙までよこして、会いたいと言ってきているのだから、心に思うところがあってのことであろう。
 だが、会って最初の印象から、次第に変わっていく人もいる。それは、最初に会いたいと思った時の印象があまりにもいいものが残っていて、過大評価してしまっていた場合である。
 女学生には多いかも知れないが、彼女のように落ち着いた雰囲気を感じさせる人には、そんなことはないだろうと思えた。
 弘樹は、琴音のことを何も知らないが、琴音も弘樹のことをどこまで知っているというのだろう。
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次