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「発展性のない」真実

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 中年になるまで、こんなことを考えたことなどなかったのに、急に考えるようになったのは、年齢からくる、意識変化によるものであろうか。もしそうであるならば、共通性を持った自分というのは、三十歳代よりずっと以前なのかも知れない。
 夢の中に出てくる高校生の自分が頭に浮かんできた。顔は浮かんでこないが、シルエットに浮かぶ表情は、想像がつきそうだ。一人で孤独を楽しんでいる少年。それが、高校生の頃の自分のイメージだったのだ。
 琴音の手紙には、今度会いたいと書いてあった。住所を見ると、さほど遠いところではない。とにかく会ってみたいと思った。会わないと、分からないこともあり、まず、この手紙の主旨を聞いてみたかったのだ。
 ただ、会いたいだけなのか、何か訴えたいことがあるのか、訴えたいことがあるというのは、少し怖い気もする。今まで、波風立てないような、発展性のない生活をしていた自分が、今さら何を求めようというのか、求めようとするから、訴えようとする人も現れる。今まで、何も求めようとしていなかった自分を顧みることができなくなっていた。
 温泉旅館でのことを思い出そうとするのだが、あの時のことを思い出すことができない。思い出すのは、女将の身体だった。
 夢の中で、女の匂いを感じたが、それは風俗の誰かの匂いなのだろうか、それとも、女将の匂いだろうか。それぞれで匂いを感じようとすると、匂いを感じることができる気がするのだが、比較して感じようとすると、まずどちらの匂いなのかを、感じることができない気がしてきた。
 女将の匂いは、甘い中にも酸っぱさを感じる。なぜなのかを考えてみたが、それは、蜜の濃さに影響されているのだと思えた。
 女性たちが発する匂いは、自分が感じる匂いだという意識が強いことで、好きになる女性を匂いで判断する人がいるのではないかと思う。弘樹は、今まで匂いをあまり意識していなかったが、身体を思い出すと同時に思い出すのが匂いであるということも、好きになってしまった証拠ではないかと、思えてくるのだ。
 女将さんに対しては、確かに思い出すものが強いが、好きになったというイメージはない。ただ、琴音と女将さんのイメージがかぶってしまっているのは事実で、その分、琴音という女性が、自分にとって幻なのではないかとさえ思えるほどだった。
 追いかけると、幻のように消えてしまうことが、今までに何度かあったような気がする。女性に限ったことではないが、自分の中で目標として挙げていたものが、急に目の前から消えてしまうこともあった。
「目標って何なのだろう?」
 達成してしまえば、そこから先はないという思いを抱くことで、目標に近づけば、それだけ、幻として消えてしまうのではないかという思いも強くなってくる。考えすぎだと言われるかも知れないが、それが弘樹の性格の中の特徴であった。
――いつ、目の前から何が消えるか分からない――
 そんな懸念を抱いてしまう自分を、時々怖いと思うことがある。本当は、消えるのではなく、もう一人の自分が、奪い取っていくのではないかと思うことに恐怖を感じるのであった。
 手紙を読んでいると、今回の旅行が、次第に実際の時間よりも、かなり前だったかのように思えてきた。記憶が薄くなってきているようで、まるで、作られた時間だったようにさえ思えるほどだった。
 女将さんとの甘い時間が、前回の時になければ、そんな気持ちにはなからなかったかも知れない。ただ、今回知り合った琴音という女性と、女将さんがかぶってしまったのではないかという思いはあった。
 二人が似ているというわけではない。
 女将をしているくらいなので、気丈なところがあるが、今回初めて見せた弱々しい雰囲気が、弘樹の男心に火をつけたのは間違いない。甘えてきた女性を、介抱してあげたいという気持ちは、相手が女将でなくとも、あったことだろう。
 琴音は、最初から雰囲気的に弱弱しさがある。気になってしまったのは、それが理由だったのだが、会っていた時には分からなかった。温泉旅館の中にいると、まるで自分の身体に、まだ女将の匂いが残っているのではないかという思いがあったからだ。
 時系列がハッキリしないのは、今に始まったことではないが、女将との甘い時間は、まるで夢だったのだと、自分の中で割り切っているつもりだった。しかも、今回の旅行で、女将は今までの態度と一切変わることなく、女将として弘樹に接していた。まるで何もなかったかのような態度を取ってくれたおかげで、弘樹もバツの悪い気持ちになることもなく、普段通りに接することができたのだ。
 気丈で凛々しい女将を見ていると、釣りに勤しむ気持ちも強くなっていた。その時に現れた琴音だったが、もし、女将との関係がなければ、もっと意識していたかも知れない。琴音という女性と知り合ったことは、弘樹にとって、ただの旅の友だっただけだった。
 それなのに、戻ってきてから、すでに普段の生活に戻っていた自分に対して、手紙をよこした琴音。しかも、会いたいと言ってきているのは、どういうことであろうか。
 わざわざ住所まで調べて、連絡してきたのだから、何か考えがあってのことだろう。温泉旅館での彼女は、そこまで考えていたとは思えない。もし考えがあったのなら、その時に何かのアクションがあったと思うからだ。まったくそんな素振りはなかったので、その時に考えがあったのなら、よほどの役者だったに違いない。
 旅行から戻って来てから、二週間は経っていた。二週間の間には、いつもと変わらぬ、平凡な毎日が通り過ぎていたが、何もなかったというだけで、まったく同じような毎日だったわけではない。心境的に変化があったような気がするのは、あまり余計なことを考えないようにしていたはずの弘樹が、いろいろ考えていたからなのかも知れない。
 女将さんとのことを思い出したのも、その一つであろうし、女将さんのイメージが強かったので、それほどでもないと思っていたが、確実に思い出していたのが、琴音のことだった。
 琴音のことを思い出したからといって、会いたいなどといったことを一足飛びに考えたわけでもない。ただ、同じような毎日が退屈ではないようにしようと思っていたことで、琴音のイメージが頭に浮かんできたのではないかと思うのだった。
 琴音のことを思い出せば思い出すほど、最初に会った時のイメージと少しずつ変わってきたように思えてならなかった。
 根本的なイメージが変わってくるわけではなかったが、どこかが違っている。それは自分が琴音に対してのイメージが変わってきたというのもあるだろうが、記憶の中の琴音へのイメージが変わってきたからだ。
 記憶の中のイメージが変わってくれば、思いを馳せているイメージも変わってくる。思いを馳せている相手が変わってくれば、平凡でまったく変わりない毎日を過ごしているという思いが変わってくるのも、当然なのだろう。
 それにしても、琴音は弘樹のどこを気に入ったというのだろう。
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次