「発展性のない」真実
錯覚なのか、思い込みなのか、弘樹は不思議に思いながらも、必要以上な感覚を持たないようにした。それは以前にも同じように考えていて、痛い目に合ったことを思い出したからだ。
弘樹は、大学四年生の時、就職活動で、何度か同じになった人がいて、なかなか就職が決まらないことで、お互いにイライラしながらも、妙に気が合うことから、次第に仲良くなっていた。
最初はお互いにイライラしていたせいもあってか、仲良くなったと思っていても、どこか相手を信じられないことがあった。
信じられないと、仲良くなっても、まるで烏合の衆の中にいるようで、どちらかがアウトローな気がしてくる。相手が信じられなくなることもあるが、一歩間違うと、自分まで信じられなくなってくる。助け合っているつもりで、相手の足を引っ張っているなどというのは、考えられないことではないからだ。
ただ、話をしていて、気が合うのは確かだった。自分の考えていたことを相手が分かっていてくれること、また相手が考えていることを、自分が分かった時の自慢したいような心境を感じたことがあるのは、その友達にだけだった。
その友達と、どこかに行った時の回数で、言い争ったことがあった。こちらが主張する回数と、相手が感じている回数とか違ったのだ、
なぜか口論になり、彼はムキになっている、弘樹は、口論にする気などさらさらなく、口論になったこと自体、何からなのか、きっかけも思いつかない。
ムキになることが、彼の性格ではあったが、それは、話に集中してしまうと、高ぶってくる気持ちを抑えきれなくなってしまうからだった。
他にも彼には、誤解を受けるような、損な性格に見えるところが何か所かある。本当に損な性格なのか、それとも生き方が不器用なのか分からないが、ただ、何事にも一生懸命に見えるところが、彼の一番いいところで、彼となかなか別れられない理由だと思っていたのだ。
弘樹にとって、友達とは何だったのだろう?
他にも友達がいなかったわけではないが、就職するとともに、誰とも連絡を取らなくなった。誰も、連絡してこないし、就職し立てで、皆忙しいだろうから、こちらから連絡するのは控えていた。もっとも、そんな自分も、会社では覚えることも多く、それどころではなかったからだ。
仕事での仲間は、友達ではない。腹を割って話せる相手がいないからだ。腹を割って話せる相手だけが友達だとは限らないだろうが、仲間と友達という感覚は、明確に違っているのではないかと弘樹は思っていた。
仕事の仲間同士で、合コンを開くと言う話があった。弘樹にも誘いがあり、少し迷ったが、結果は一緒だった。
「ごめん、僕はいいや」
と言って断ったのだが、
「付き合い悪いな」
と、陰口を叩かれているというのを聞いた。
「そんなことをいう連中とは、最初からつるむ気はないので、断ってよかった」
と、感じた。一触即発とまではいかないが、険悪なムードがあったかと思うと、いつの間にかオフィス内でも自分だけが浮いていたのだ。
まったく考え方の違う連中と、一緒にいるのは苦痛である。自分が何度彼らに対してイライラしたり、嫌気が差したか分からない。その回数を思い出そうとすると、毎回違っているのだ。
人と比較して違うわけではない。その時は、自分の中で、思い出す回数が違うのだ。それは、人と感じる回数が違う感覚とは違って、
――自分は情緒不安定になっているのではないか?
と思うのだった。
ただ、人と比較して違う感覚になっているという時の方が、自分では重傷な気がしていた。
大学時代の友達が、急に連絡してきたのが、そんな時だった。いつもイライラしている彼と、連絡を取るのが億劫になって連絡を絶ったのは、弘樹の方だった。だが、話を聞いてみると、彼の方も、その時には弘樹に愛想を尽かしていて、
「俺の方が、君を遠ざけてしまったのかと思って、謝らないといけないと思っていたんだ。やっと連絡が取れてよかったよ」
と、彼は言った。いつもイライラしていて、ムキになる性格だった彼からは、信じられないような変わりようだ。
「お前、変わったな」
前なら、そんなことを言えば、また喧嘩になったかも知れないということを聞いてみた。カマを掛けてみた気もしたのだが、喧嘩になるかも知れないというリスクを冒してまで、カマを掛けるような気にはならなかった。
「変わったかも知れないな。でも、俺本人は、そんな気はしないんだ。人には変わったって言われるんだけどな。でも、いい方に変わったと言われているようなので、それはそれで嬉しいんだ」
と話をしていた。
角が取れて、性格が丸くなったようだ。
ただ、弘樹には、どうしても、そんな風にはなれなかった。きっと何か心境の変化になる何かがあったのだろうが、弘樹には、自分に何があれば、もう少し、変われるかが分からないのだ。
変わらなければいけないとは思う。それは、自分の性格があまり、まわりにいいイメージを与えていないことは分かっているからだ。
どこがいけないのかというのも、分かっている。しかし、何をどこから変えていいのかが分からない。
自分を客観的に見ると、むしろ嫌いな性格ではない。中から見ると、あまり気に入っているわけではないのに、きっと、自分を見ている客観的な自分も性格を擁護する気持ちが強いので、治そうとしても、客観的な目が邪魔をして、真実の性格が、ぼやけてしか見えないのかも知れない。
ということは、治さなければいけないと思いながら、治したくないという思いが働き、そちらの方が強く作用しているので、治せないのだろう。しかも、その理屈を正当化させようと、どうして治せないかということを、煙に巻くことで、自分に納得させようという、苦肉の策なのかも知れない。
中年になっても治せないのは、やはりそれだけ頑固なのだろうが、頑固もここまでくれば、意識もない。年を取って来れば、頑固になるか、丸くなるかのどちらかなのだろうが、弘樹は、明らかに頑固になってきた。
ただ、丸くなってきたところもあるのかも知れないと感じてはいた。それが、旅館の女将さんに、身体を求められた時で、女将さんがどうして、自分のような男に身体を任せたのか、最初は分からなかった。
ただの寂しさから弘樹を求めたのではないような気がした。それだけであれば、女将の性格からすれば、一度果ててしまえば、少し、我に返ってから、女将としての意地を思い出すに違いないからだ。
だが、弘樹に対して、果ててからも、身を委ねている。しかも、さらにその気持ちが強いのか、激しく唇を吸いながら、身体を、これでもかと密着させてくる。これは、気持ちをオープンにし、相手に委ねる気持ちが強くなければできないことだ。それだけ相手を信用しているということだろう。
――僕はそんなに信用できる人間ではないはずなのに――
と思って怪訝にしていると、
「どうして、そんな顔になるの?」
「だって、女将さんは、どうして、そんなに僕に身を委ねてくれるのかが分からないものだから」
「どうやら、あなたは、本当の自分をご存じないようですね」
「本当の自分?」
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次