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「発展性のない」真実

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 身体が切羽詰っているのか、精神的なものが切羽詰っているのか、そのどちらもであるとするならば、そのどちらが強いというのか、考えさせないようにしようとしている女将さんの考えとは裏腹に、弘樹の頭の中では、いろいろと想像を膨らませていたのだ。
 女将さんの身体は、柔らかかった、今まで知っている女性の中でも柔らかさが分かったが、柔らかさの中でも、唇の柔らかさは、一番最初に感じただけに、印象が深かった。
 抱きしめると、小柄な女将さんは、さらに弱弱しさが感じられた。弱弱しさの中で、身体を持て余しているかのように抱き付いてくる感覚は、本当に、さっきまでの女将さんと同じ人なのかと思うほどであった。
 弘樹の中で、女将さんを抱いている意識は希薄でもあった。
――信じられない――
 という気持ちが強かったのも事実である。
 それまでにも、女将さんを見て、
――いい女だな――
 と思わなかったわけではない。むしろ、その気持ちを押し殺すことに苦労していたのも事実だった。
 孤独が信条のように思っている自分の気持ちに逆らうような感情を持つことは、自分として許せない。自己嫌悪に値するものではないだろうか。
 自己嫌悪を感じるということは、それだけ、女将さんの気持ちに従うことは、いけないことだという意識がある。
 それは自分の中での孤独を否定することでもあり、そのことを自分でどう納得させるかが問題だった。
 だが、女将さんに唇を吸われた時には、そんなことはどうでもよくなっていた。ここからの行動が、欲ではないと思ったからだ。
――こんな時にも頭が回るなんて――
 切羽詰っているわりには、よく考えが生まれたものである。
――これは、欲ではなく、本能による行動なんだ――
 そう、本能の成せる業である。
 本能であれば、自分を抑制する必要はない。自分の中にある孤独と同じような感情ではないか。むしろ、素直に従うべきものである。そう思ったのだ。
 ただ、これも確かに勝手な思い込みであることには違いない。
 勝手な思い込みが、その後で後悔を呼ばないかというのが、本能に従いながらも不安なところであった。確かに後悔がその後に襲ってきたのは、間違いのないことで、それをいかに少しでも緩和させるかということを考えていた。
――なるべく忘れてしまうことだ――
 それが結論だった。忘れてしまえば、後悔があっても、一番被害が少なくて済むだろう。後ろ向きなネガティブな考えであるが仕方がない。本能に任せて行動したことは仕方がないとはいえ、それなりに、リスクを背負うことになると思わなければいけないことではないだろうか。
 弘樹にとって、女性を抱くことは、今までにもあったことだが、相手を知っている女性として抱くことは、初めてだった。
 ただ、そこに愛があるのかと言われれば疑問ではあるが、少なくとも、愛おしいと思ったのは間違いない。
 相手がどう思っているかは分からないが、弘樹には、少なくともその時だけは、愛情に溢れているように思える。その証拠に後で我に返って、お客と女将の関係に戻っても、女将の弘樹を見る目に、恥じらいが感じられるからだった。
 弘樹は、二十代前半に、結婚しようと思っていた女性がいた。彼女も弘樹に対して好意を持っていて、結婚願望はむしろ、彼女にあった。
 最初は間違いなくそうだったはずなのだが、気が付けば、彼女の方が、先に冷めてしまっていたようだ。弘樹が冷めた考えを持つようになったのは、ひょっとすれば、この時だったのかも知れない。
 ただ、彼女が弘樹に対して冷めた目で見るようになったから、弘樹の方が熱くなっていた。お互いに燃え上がった時期が同じではなかったことが、悲劇だったのかも知れない。弘樹にとって結婚は、彼女と一緒にいることの延長だった。ただ、彼女の場合は、結婚は結婚、相手が誰であれ、よかったのかも知れない。
 弘樹が彼女と別れてショックだったのに対して、彼女は、弘樹に対してのイメージを無くしてしまったのではないかと思うほど、そのあとあっさりと、他の男性と結婚した。
「まるで、二股掛けられていたのかも知れない」
 と、思うほどのスピード結婚に、一気に結婚への思いも彼女への思いも冷めてきたのだった。
 それからの弘樹は、女性を好きになって、付き合い始めたとしても、本当に自分が相手を好きになれるのかが、疑問だった。相手が自分を好きになってくれるはずないという思いも強く、これから自分と付き合っていける女性が果たして現れるかどうかを考えてみると、思いつくはずもなかったのだ。
 女性に対してのイメージが壊れかけてから、かなりの時間が経った。その間、女性と付き合うこともなく、風俗通いなどで何とか性欲をごまかしてきたが、ここの女将に出会ってから、忘れていた何かを思い出したような気がしてきた。
「ああ、懐かしさを感じる」
「何が懐かしいの? 昔付き合っていた女性を思い出したの?」
 身体が女将に慣れていくのを感じながら、絶頂を迎えた弘樹は、果ててしまった気だるさの中で、思わず呟いた。
 その言葉に対し、女将は、少し意地悪っぽく言ったが、他意のなさそうな言葉尻に、素直な女将の感情が、見え隠れしているかのようだった。
「そんなことありませんよ。私が懐かしいと言ったのは、何かを考えようとしている自分に対してですね」
 今でこそ、何も考えなくなったが、以前は絶えず何かを考えていた時期があった。特に、身体を委ねられる感覚の時に何かを考えていると、宙に浮くような感覚が生まれてくるのだ。
 それが、女将の抱擁によるものであると思った時、以前に考えていたことが思い出されてきそうな気がして、
「懐かしい」
 という言葉になったのだ。
 懐かしさは、身体に纏わりついてくる感覚と、女性特有の匂いにも感じていた。だが、そんなことをいうと、自分が恥かしくも思うし、恥かしいと感じている自分を感づかれることも嫌だったのだ。
 女将の中にいると、果てしない時間を想像してしまいそうで、想像力にも限界があることに気付いていた。
「僕が、この旅館に来るようになって、何回目なんでしょうね」
「自分で覚えていないの?」
「覚えてはいるつもりなんだけど、女将さんの感覚とは違っているような気がしていて、不思議な感覚なんですよ」
「おかしなことを言うのね」
「僕は、四回だと思っているんですが、女将さんは何回だって思っています?」
「え? 四回ですか? 私には、五回に思えますよ」
「ね、感覚が違っているでしょう?僕も不思議なんですよ」
「からかっているんじゃありませんか?」
「いえいえ、そんなことはありません。思った通り、感じている通りを話しているつもりですよ」
「じゃあ、どうして違うのかしらね。私は間違っているとは思えないんだけど?」
「僕も間違っているとは思っていない。どっちも正しいという選択肢はないんですかね?」
「ないんじゃないかしら? あなたは、真剣にどっちも正しいんじゃないかって、思っているんですか?」
「ええ、思っています」
 それにしても、回数の感覚が女将さんの方が多いと言うのも、どうなのだろう? 弘樹は、どちらが多いと思っていたのだろう?
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次