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「発展性のない」真実

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 ただ、それは当たり前のことで、趣味と仕事や生活を一緒にしてしまっては、どちらに対しても悪影響を及ぼす。本当であれば、相乗効果を狙わなければいけないはずなのに、どうしても、どちらも中途半端になってしまうことを恐れてしまう。発展性のない考えの元凶は、この恐れが一番の原因なのではないだろうか。
 趣味としての釣りは、時間を費やすにはちょうどいいものだった。仕事や生活に費やす時間は、
「流される」
 という気持ちが一番強い。しかし、趣味となると、流されるのは嫌で、どちらかというと、
「追いかける時間」
 でないといけないだろう。
 その日は、最初、時間に流されていたが、途中から、追いかける時間に変わった。
 だが、それは釣れるようになったから変わったのではない。老人の姿を見かけた時からだった。
「そういえば、老人に気付いてから、何となく釣れ始めるような感覚があった気がするな」
 と感じた。釣りをしていて、途中から急に釣れ始めるということは珍しく、最初から釣れない時は、場所を変えない限り、一気に釣れ始めたりすることはない。
 それなのに、弘樹は釣れなくても、すぐにその場所を離れようとはしない。理由としては、釣りを楽しむのは、何も釣れる釣れないだけに左右されていないということだ。面白いように釣れる時でも、何か物足りないと思うこともあった。なぜなのか分からないが、釣り糸を垂らして、動かない時間を楽しみたいと思っているのだ。
 釣り糸を見ていると、何も考えていないように思えるが、何かをいつも考えている。釣り糸を見ているのは、何も考えないでいい時間を作りたいからだったはずなのに、何かを考えていても、違和感がないのは不思議だった。
 考えていることが、深みに嵌ってしまうようなことであれば、考えたくないと思うのだろうが、そういうわけでもない。深みに入り込むというよりも、考えが放射線状に浮かび上がってくる感覚である。
 この日は、釣れても釣れなくても、本当はどちらでもよかった。しいて言えば、せっかく釣った魚を料理してくれるシステムになっているのだから、釣れた方がいいのは分かりきっていることだった。
 まるで、釣れるのを見届けにきたかのような老人の出現は、過去を思い出させるものだった。
 高校受験の日、それまで勉強したことをそのまま発揮できれば、かなりの確率で合格は間違いないだろうと言われていた。先生も、
「これくらいの成績なら、もう一つ上のランクの学校でも、いいかも知れないぞ」
 と、言われたが、
「いえ、ここでいいです」
 と、安全な高校を選択した。もし、合格できたとしても、ランクが上の学校であれば、まわりは自分よりも優秀な連中ばかり、そんな中で残っていくのは至難の業だと思ったからだ。
「何で、こんな簡単なこと、誰も分からないのだろう?」
 と、思ったが、それだけ先生も生徒のことよりも、どれだけいい学校に何人入学させるかを考えているのかと思うと、ウンザリだった。だが、逆に考えれば、不合格の可能性も高いのだ。合格率という観点から言うと、下がってしまうことは、いいことではないはずだ。
 生徒の意見を尊重して、安全パイの学校を選び、いよいよ受験の日となったのだが、その日の弘樹の体調は最悪だった。
 前の日から食欲がなく、ほとんど食事を摂っていない。しかも睡眠も中途半端で、意識が飛んでしまいそうなくらいになっていた。
「こんな状態で受験なんて」
 と思ったが、自分が選んだ安全パイ。普通であれば気楽にいけばいいはずなのだ。
 だが、安全パイほど、却って自分にプレッシャーを掛けることを、今さらながらに気が付いた。それも簡単なことだったはずなのに、どうして気付かなかったのか、あとの祭りだった。
 試験会場まで行きつくまでに、頭の中は余計なことばかり考えていた。
「もし、不合格になったらどうしよう? 先生やまわりに合わせる顔がない。きっと、まわりは、余裕を持ちすぎて、油断したんじゃないかって思うだろう。余裕が油断を呼ぶことだけは避けたかった。もっとも、余裕が油断を呼ぶことなど、自分には縁遠いことだとも思っていた。それなのに、どうしてこんなに緊張しているんだろう?」
 緊張はプレッシャーから来ているものだ。絶対大丈夫に近い状態で、自他ともに安心していたことに対し、いざ直面すると、自分の置かれた立場に対し、初めて対面したような気分になる。
 その時にプレッシャーを感じるのだが、プレッシャーが、緊張に変わるのは、すでに逃げられない状況に追い込まれていることに気付くからだ。
 体調は最悪だが、頭はまだ回っていた。それだけが救いだったが、試験会場に到着してから、それまで身体から吹き出すように出ていた汗が、急に引いてくるのを感じた。学校の正門をくぐる瞬間、誰かに見られているような気がして振り向くと、そこに一人の老人が立っていた。
 そう、さっきいたと感じた老人を、どこかで見たと思ったのは、高校受験の試験会場で見た人だったのだ。
 すぐに思い出せなかったのは、時間が経っていたからではない。それよりも、シチュエーションがあまりにも違いすぎていたからだ。あの時は、藁にもすがりたいような気持ちにさせたプレッシャーが引いていくのを感じながら、
「包み込まれているような感じがする」
 というイメージを持ったからだ。
 包み込まれている感覚を感じると、体調の悪さが抜けて来て、会場に入った自分がこれから挑戦することに、期待感すら抱かせたのだった。
 包み込んでいるものが、自分の意志を自由にさせてくれるものであったことが、幸いだった。
 包み込まれながら、身動きが取れると、包み込んでいるものが、正義に感じられる。自分が正義に守られているという感覚を持つと、少々の無理は、きつくないという感覚になるのだった。
 老人は、弘樹を見て微笑んでいる。その表情は、まさに恵比須顔だ。
「よし、これで大丈夫」
 と、その瞬間に思ったかどうか思い出せないが、教室に入る頃には、いつもの自信のある自分に戻っていた。
 弘樹は、自信過剰な方だった。まず自分に自信を持つことが大切で、実績はその後についてくるというのが、持論だったのだ。自信過剰を自惚れというのだろうが、自惚れの何が悪いというのか、
「自分に自信が持てなくて、人と話をしていても、説得力などないではないか」
 という考えだったのだ。
 受験という人生最初の大きなイベントの前に、普段の自信過剰なだけでは乗り越えられないものがあり、そのプレッシャーから解き放たれた時、さらなる自信を得ることができたのではないかと思うと、プレッシャーというのも、まんざら悪いことではないのかも知れない。
 老人を見たのは、その時だけではなかったように思うが、今までに何度か見たはずだ。老人が自分にとっての福の神であれば、出現回数にも制限があるのではないかと、疑ってしまう。
「ひょっとすると、いるのかも知れないが、見えないだけなのかも知れないな」
 それは、守護霊のような発想であった。ということは、その老人は、守護霊として自分にとって影響力の強い人物だったのかも知れない。
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次