短編集51(過去作品
郁子に感じているのは、妹のようなイメージである。誘惑を受けたとしても、思いとどまることができるように感じる。
もちろん、その時はタバコを吸っていない時間帯だ。タバコを吸っている時間帯にもてていたと思っていた相手は、そのほとんどが自分の本当に求めている相手ではない。
――ひょっとしてタバコを止める時期なのかも知れない――
現実のように思っていたタバコを吸っている時間を、今思い出すとあっという間だったように感じる。今はタバコを吸っているわけではない。物忘れが激しいのは。タバコを吸っている時間が長く感じられるからだ。タバコを吸うのさえ止めてしまえば、記憶だってよみがえってくるはずだ。
タバコを止めようと意識すると、郁子に対して邪な心を抱いていた自分が恥ずかしくなる。
郁子はモジモジしながら、渡辺に話し始めた内容というのは、彼氏に対しての悩みだった。まるで女子高生がお兄さんに相談するような他愛もない話、最初からそんな話の雰囲気ではなかったはずなのに、不思議であった。
「どうしてなのかしら。何か私違うことを相談したかったような気がしているのに……」
と郁子は話したが、どうやら、渡辺がタバコを吸うのを止めたことで、それまでの時間が、空気が違う世界を作り出したようだ。
――やはり夢だったのだろうか――
それまでツキがまわってきたように思っていたのだが、どうだろう?
――また新しく自分で切り開けばいいんだ。夢のような世界とはいえ、現実のものとして一度は覗いた世界ではないか――
人生をやり直せないことで苦しんでいる人は多い。
――人生をやり直せたら――
と何度思ったことか。やり直すのではなく、頭の中を再セットするだけでいいのだ。タバコを止めるということは、もう一度再セットすることなのだ。
最近、タバコを止める人が多い。確かに喫煙者には厳しい環境になってきている。だが、タバコを止めることで人生を再セットしている人がたくさんいるだろう。彼らの顔色を見ていて不思議に思えていたことを、今さらながらに感じる渡辺であった。
真っ暗な部屋で上がっていくタバコの煙。夢の中のように、色も匂いもすっかり失せていくのを夢の中で感じていた……。
( 完 )
作品名:短編集51(過去作品 作家名:森本晃次