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短編集51(過去作品

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 以前から会社にいて、創業時から社長に可愛がってもらっていた管理職の人たちの中には、新しい経営陣は決して喜ばしいものではなかった。今まで培ってきた自分たちのやり方が否定されるのである。面白いはずもない。
 渡辺の立場から言えば、管理職の考え方にも同情的なところがある。自分たちが会社を支えてきたという自負も強く、問題が起これば一致団結して事に当たっていたからだ。
「この業種のノウハウも分からない連中に、会社運営などできるはずがない」
 そんな気持ちが顔にありありと表れている。
 だが、実際に経営陣に他からの参入が増えてくると、管理職の半分は会社を辞めていくことになる。中には、今まで培ったノウハウを生かして、辞めていった人たちで企業を起こす人もいたようだが、そう簡単にできるほど、今の世の中は甘くはなかったようだ。
「一年ももたなかったようですね」
 小さいながらも同業他社ができるので、注目があったようだが、思ったよりもあっけなく破綻したようだった。心の底で渡辺は
「残念なことだ」
 と呟かずにはいられなかった。
 年齢も三十歳に近づいてくると、自分の人生について疑問を感じるようになっていた。
 家庭でも会社でも同じことで、仕事をしていても過程のことが気になったり、家にいても仕事のことが気になったりしている。子供が小さい頃は、子育てに大変だった妻の気持ちを汲んで、家事の手伝いをしたり、仕事の帰りに買い物をしてきてあげたりしたのだが、育児に手が掛からなくなると、妻の意志に任せるようになった。
 美紀は、あまり喋らないが、頭の回転は早い。美紀を気に入った理由の一つが頭の回転の早いことだった。
 渡辺は学生時代、ガールフレンドはいっぱいいた。その中から美紀を選んだのは、他の人にない気高さと、個性があったからで、付き合っていて楽しい女性が結婚に値する人かどうかということは、学生時代から分かっていたつもりだった。
 どこか冷めた目で見ている女性ではあったが、相手を信用すると、従順になる。美紀はそんな女性だった。
 そんな彼女に言い寄る男性も少なくなかったと聞く。
 渡辺も、美紀も、大学では個性的な方だっただろう。個性的という意味で、お似合いのカップルだったに違いない。
 渡辺は女性と二人きりでいる時は優しかった。どんな女性に対しても同じで、言い方を変えれば、
――裏表のない男性――
 だとも言える。
 だが、女性は誰でもそうなのだろうが、
――私だけに優しい――
 と思いたい。
 付き合っているうちに渡辺の優しさが誰に対してでも同じであるということに気付いた女性は、彼の元から去っていく。
 しかし不思議なもので、一人が減れば一人が寄ってくる。偶然であるかのように、女性が現れるのだ。
 渡辺自身の中にオーラのようなものが存在しているのかも知れない。きっとある程度の人数の女性に注目されていないと我慢できないところがあって、一人が去ると、まるですべての女性を失ったかのような気持ちが立ちこめ、身体の外に発散されているのではないだろうか。
 そのことに気付いていて、悩みもした。本当は一人だけ好きになれる人がいればそれで満足なはずなのに、心のどこかでそれを認めない自分かいるからに違いない。
 美紀に出会う前に知り合った女性は、皆同じような雰囲気を持った女性だった。少なくとも渡辺のオーラに引き寄せられた女性で、渡辺としては、自分好みのはずである。
 確かに最初の頃は、彼女たちに注ぐ優しさを愛情だと思って、同じ時期に違う女性に向ける同じような優しさに罪悪感などまったくなかった。
 感覚が麻痺してしまっていたのかも知れない。
 男にとってそばにいる女性の良し悪しが男の価値に繋がるという人もいる。だが、それは相手が一人だけの場合に言えることで、複数であれば、信憑性に欠けるところがあるだろう。
 美紀という女性は、それまでに出会った女性とはまったく違った。
――男性を寄せ付けない雰囲気――
 視力が悪いのか、目を細めて相手を睨み付けるようなところがあり、
――損をしているな――
 と思わせた。
 だが、不思議な魅力があった。どこか大人の魅力を感じたのだが、それが母親に子供の頃に感じていたものだということに気付いたのは、一緒に喫茶店に入った時のことだった。
 その喫茶店には禁煙コーナーと喫煙コーナーが分かれておらず、座った席の近くでは、かなりの人がタバコを吸っていた。
 美紀を目の前にして話をしながらでも、まわりのタバコが気になって集中できない。しかし、そのうちにタバコの匂いに懐かしさを感じるようになった。
 父親が吸っていたタバコと同じ匂いが近くから感じられたからである。コルクのような匂いがして、煙たさというよりも重たさを感じさせる匂いだった。そう感じながら美紀を見ていると、
――母親を見ているようだ――
 と思えてきた。
 母親は父親のタバコの匂いに嫌な顔一つしたことがない。表でタバコを吸っている人がいると、
「煙たいから、少し他の場所に移動しましょう」
 と耳打ちをしてくれたのに、家にいる時はまったく違った。
 母親に大人の女性の雰囲気を感じたのは、その時である。
 母親は、父親と結婚する前、結構ボーイフレンドはいたらしい。中には両想いで、実際に結婚の話が出たこともあるらしいのだが、そのたびに父親の顔を見ると、やるせない気持ちになったという。
「かわいそうとか、いじらしいとかいう気持ちじゃなかったのよ。お父さんには大人の男性のイメージがあったからね。でも、このままお父さん以外の人と結婚すれば、お父さんを欺いてしまったと一生後悔してしまいそうな自分が許せなかったのかも知れないわね」
 話を聞いただけで理解できるものではないが、
「付き合っていた男性の中でタバコを吸うのはお父さんだけだったのよ。本当はタバコが嫌いなはずのお母さんなのに、おかしいわよね」
 そう言って笑っていたのが印象的だった。
 タバコを吹かしてみることすらしたことのなかった渡辺だった。
 食わず嫌いというわけではなく、最初から害のあるものだという意識があったので、好奇心すら湧いて来ない。
 学生時代には好奇心から口にして、結局そのまま止められなくなってしまったやつを目の当たりにしていることから、
――やっぱりタバコなんて吸うもんじゃない――
 と再認識したものだ。
 タバコを吸い始める原因というのは好奇心もあれば、ストレス解消の軽い気持ちから吸い始めることもあるだろう。
 渡辺もストレス解消のつもりだったが、実際にそうだったのだろうか。
 三十歳を近くにして、仕事をしていても家庭にいても、何が楽しいという気もない。それどころか、何のために働いているのかすら分からずに、意識が他に行っているのを感じていた。
 それまで自分の中で分けていた善と悪がどこか中途半端になってくる。
 元々は善悪には敏感だった。特にまわりが許すのを幸いにしながら、モラルを破る連中が許せない。悪というハッキリとした区分けではないが、人間としての心の奥に潜むいやらしい部分を垣間見た時に、渡辺の正義感が燃えるのだった。
 例えば電車の中でのモラル。
作品名:短編集51(過去作品 作家名:森本晃次