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短編集51(過去作品

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「これでも、学歴はしっかりした人が多い会社なんですよ。しかも、元社長経験者という人も少なくなかったりして。それだけ我が強いとも言えるのでしょうけどね」
 そう言って話してくれた人も国立大学出身者だった。
 要するに発展途上の会社なのだ。新しい風を取り入れて、斬新な改革や、効率のいいノウハウを身につければいくらでもよくなる会社に思えた。だが、まだまだその域に達していないのが実情である。
 渡辺もさすがにそこまで考えての就職ではなかったが、最初に思い描いていたイメージとは少し変わってきた。やりがいをどこまで自分の中で解きほぐしていけるかが、今後の課題かも知れない。
 入社自体はまだまだ二十歳代の曲がり角くらいなので、斬新なアイデアを出せるまでには行かなかった。入ってみて仕事をしてみると、案外面白い会社ではある。他にない独自のノウハウが培われているのは、同業他社があまりないところかも知れない。サービス業でも少し特殊なところがあるので、さすがにここまで作り上げてきたノウハウには尊敬に値するところがあった。
 仕事が楽しくなってくると、残業も増えてくる。自分から仕事を見つけてやっているので、それほど苦にならない。
「渡辺くん、あまり無理するんじゃないぞ」
 上司から声を掛けられると、張り合いが出るものだ。この会社の特徴は、頑張ればすぐに実績として表に出ることだった。
 転職して三年もすれば、次第に会社の構成も変わってくる。総務や人事にも新しい風が流入されて、待遇も何とか他の会社並みにまでなっていた。
 業績がそれに似合っていないところがまだまだなのだろうが、着実に実を結びつつあるようだ。役職でもないので、ハッキリとした数字は分からないが、業界で注目を集め始めたのは間違いないようだ。
 会社では、いろいろなプロジェクトができていた。役職になれば複数のプロジェクトに参加するようになっているが、渡辺もそのうちの一つ、営業戦略のプロジェクトメンバーに選出されていた。
 営業は今までにやったことがなかった。数字を纏めたり、企画立案関係はあるが、いきなり営業と言われて、さすがにピンと来なかった。
「渡辺くんには、営業の企画を担当してもらおう。宣伝関係も任せることになると思うよ」
 プロジェクトリーダーの話であった。
 営業戦略プロジェクトは主に、企画・宣伝と、販促・新規開拓の二種類に分かれていた。そのうちの企画・宣伝は、いかに今の顧客をさらに購入させるように仕向けていくか、会社製品の魅力をいかに訴えるかというところに搾られていた。
 今までの仕事と種類は違うが、追い求める数字は同じである。そういう意味で数字に強い渡辺が選ばれたのだと思うと納得のいく人事である。
 プロジェクト会議は週に一回、半日使って行われる。
 休憩時間を数回挟んでの会議は、白熱することもあり、時間があっという間に過ぎる反面、疲れが一気に出てしまう。
 休憩は大体十分である。
 その時間帯に、タバコを吸う人はすぐに喫煙室へと向かい、ホッとした表情をしている。タバコを吸わない渡辺だが、飲み物の自動販売機が休憩室にしかないので、どうしても休憩室に足を踏み入れる。その時に見るメンバーの表情は、晴れやかで、基本的に嫌いなはずの喫煙者だが、その時だけは落ち着いた雰囲気で見ることができる。
――きっと皆さん、ストレスが溜まってるんだろうな――
 シビアな会議になると、一人の人が集中的に責められることもある。中にはビクビクしながら会議に参加している人もいるだろう。
 それでもタバコを吸う人の気持ちが分からなかった。小さい頃にタバコというと、父親だけが家で吸っていたのだが、それも止めてしまった。
「子供のために止めたんだ」
 と言っているが本当だろうか。
 しかし、実際にスパッと止めるのを見て、その言葉を信じたくなる。しかも、タバコを吸っている時の父親はどこか苛立っていて、別に怒るところでもないところで、怒りをあらわにしていたのだ。それが家の中からタバコの匂いが消えることで、イライラが少しずつ減っていった。
 それまでタバコの匂いというと父親の匂いだったのだが、家からタバコの匂いが消えると、表で感じるタバコの匂いには不快感以外感じなくなってしまった。
 電車内は完全禁煙、公共の場所でも完全禁煙と、世の中の禁煙場所が爆発的に増えると、それに伴って喫煙者が少なくなってくる。渡辺にとってはいい傾向だった。
 それでもまだ喫茶店や居酒屋では、喫煙者が蔓延っている。大人の付き合いとしては仕方がない場所であるが、居酒屋などの下品な会話を聞いていて、ウンザリしてしまうこともある。
 元々居酒屋は嫌いではないのだが、露骨な愚痴を酔った勢いとはいえ、他の客に遠慮もなく大声で叫んでいるような人には軽蔑以外の何者でもない。
 電車に乗ってもその勢いは収まらない。夜勤での出勤の時など、そんな姿を見て、今から出勤する自分が情けなくなることがあるほどだ。
――なんでお前らのために俺は情けなくならないといけないんだ――
 謂れのない憤りである。
 仕事も順調に進み、三十歳を前にして、係長へと昇進していた。その頃には会社の体質もかなり中央の会社のようにスマートなものになっていた。同族会社ではやっていけないことに気付いたのか、途中で大きな会社に吸収合併されたのだ。
 大きな会社と言っても、ノウハウはすべて我が社にあった。競合企業が少ないことで、親会社が新たな事業参入に乗り出してきたのだ。
 従業員は今までどおり、待遇は却ってよくなったかも知れない。
 だが、今までにないような合理主義で、経費削減にはシビアだった。今までの経営方針が、
「イケイケどんどん」
 だったことが伺える。
 経営者には先見の明はあったのだろうが、悲しいかなそれまで培ってきた「仕事」というものの概念を変えることができなかった。
「女性は別だが、机に座って事務職をしているような男性は、仕事をしているとは見なさない」
 大袈裟ではあるが、実際にそんな雰囲気のところがあったのだ。
 それには理由がある。
 今の事業を立ち上げる時、いろいろなノウハウがすべて初めての稼動である。手探り状態でスタートしたので、当然トラブルも絶えなかった。しかも売上重視のところがあって、リカバーの体勢がそれほど整っていなかった。
「ある程度は人海戦術でまかなえる」
 という腹積もりがあったようだ。
 しかし、実際蓋を開けてみると、一箇所の綻びがまわりへ影響を与え、その件数が増えてくると収拾がつかなくなってしまう。
 ノウハウが完成していない中の見切り発車のため、手立ては本当に人海戦術しかない。事業展開以来の社員は、それこそ身骨注いで、その難局に立ち向かったことだろう。
 それが経営者の目には頼もしく見え、さらに人海戦術の素晴らしさを認識させるに至った。古臭い考えで泥に塗れたようなやり方を正とするような考えに戻ってしまったのだ。
 そんな経営者も、今は引退させられていた。新しい経営者が進出してきて、新しい風を吹き込んでいる。
作品名:短編集51(過去作品 作家名:森本晃次