小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集51(過去作品

INDEX|20ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

「男の子はあまり彼女に近づかなくなったようなのよね。遊びに行く回数も減っていって、彼女も次第に男の子のことを忘れていったようなのね」
「それは仕方がないことなのかしらね」
「女の子のご両親は、男の子が遊びに来ることを歓迎していたの。学校にもほとんど行けず、いつも部屋にしかいることのできない彼女の話し相手はその男の子だけだったので、当然のことなんだけど、ご両親からすれば、心の支えがなくなった娘が哀れに思えたんでしょうね」
「それも当然ね」
 吾郎も次第に話しに引き込まれ、聞き耳を立てている。
「で、ご両親の不安が少しずつ的中してくることになるの」
「というと?」
「彼女の方で少しずつ異常な雰囲気になっていったそうなの。時々発作を起こしたようになって、暴れそうになることがあるらしいのね。必死でご両親が止めていたみたいで、そういえば屋敷から叫び声のようなものが聞こえるって噂になったわ。きっとそれが発作を起こした時なのね」
 発作を起こした人の姿を見たことがあった。小学生の頃、同じクラスに発作を起こす友達がいて、最初はその形相が怖かった。しかし、何度も起こるので慣れているのか、先生やまわりの大人の対応のテキパキさに、見ていて他人事のように思えていた。それだけまわりはピリピリとした雰囲気に包まれていたようだが、子供の頃はそれほど大変なことだとは思っていなかった。
 話を聞いていても、どうしても他人事である。しかもどんな人なのか分からず、想像できる雰囲気があるとすれば、白いワンピースが似合う、いつも窓の外を覗いていた西洋館の女の子のイメージだけだった。話を聞いているだけでその娘の顔がまるで昨日も見たような錯覚に陥るのだから不思議だった。
――ひょっとしたら、好きだったのかも知れないな――
 あまり人のことを気にするタイプでもなく、しかもまだ女性への意識のない頃だったので、異性としての気持ちを持つはずもないと勝手に考えていたが、今から思えばあれが初恋だったのかも知れない。
「お前はどんな女性でも好きになるみたいだが、好みってあるのか?」
 とよく友達に言われて、自分でも首を傾げていたが、言われてみれば、あまりタイプにこだわるわけでもない。どちらかというと雰囲気にこだわる方だった。それも、初恋の相手が白いワンピースの彼女で、いつも空を見ていて、自分の方を意識していたわけではないことを考えれば雰囲気しか分からない。何しろ目を合わせたことがないのだから、どんなことを考えている女性なのかなど分かるはずもない。あくまでも雰囲気でしかないのだ。
 彼女を見ていて、発作を起こしていた友達を思い出していた。
 空を憧れのように見つめているのを見ていると、その表情に笑顔が浮かんでいるわけでもない。何を考えているか分からないのだが、どこか表情に余裕が感じられる。包容力を感じるというか、その目で見つめられたいと思えてくるのだ。実際に見つめられたことはないが、きっと目が合えばそこから視線を離すことができなくなっていたのではないだろうか。
 また話に聞き耳を立てる。
 話はまだ続いていた。
「彼女のご両親が、たまりかねてその男の子のところにお願いに行ったみたいなの」
「また遊びにきてほしいって?」
「ええ、その時のことが私には手に取るように分かる気がするの。恥を忍んで頼んでいますと言いながら、ずっと頭を上げることのできないご両親の姿をね」
 そういうと、その場が少し静かになり、重たい空気に包まれていた。
 女性はグラスを二、三度口に運び、おいしそうに喉を鳴らしながらウイスキーを流し込んでいた。そして、さらに続ける。
「で、結局その男の子も渋々だけど、承知したのね」
「きっと複雑な心境だったでしょうね。憧れていたおねえさんが病気で、しかもそのことのためにご両親から頭を下げられて、今度は堂々と会いに行けるなんてね」
「そうね、男の子の中には会いに行きながら、遠慮がかなりあったでしょうからね。今度は誰にも憚ることなく会いに行けるんですから、精神的にも違うでしょうね。でも、それが実は災いの元だったのかも知れないのよ」
「というと?」
 カウンターの中の女の子も、いよいよクライマックスに話が近づいたと感じたのか、声が少し低くなっていた。吾郎も、聞き耳を立てながら、自分の胸の鼓動が激しくなってくるのを感じていた。他人事だと思って聞いているのには違いないが、なぜかドキドキしている。展開が分かっているようで、どこか自分の想像と違っていることを願っているようなそんな不思議な心境だった。
「その日遊びに行った男の子が、それから帰ってきて少し様子がおかしかったらしいのよ。どこがおかしいというか、何事も他人事のようになってしまったというか、何をするにも上の空で、話をしても聞いているのかどうなのか、心ここにあらずって感じだったようなの」
「それって、まるで魂を抜き取られてしまったように見えるってこと?」
「ええ、西洋の妖怪のお話のようでしょう? 不気味な西洋館、発作を持っている女の子、そして、少し気弱な男の子、シチュエーションとしては何か起こりそうな雰囲気なんだけど、それにしても、一体何が起こったのでしょうね」
 またしても空気が重たかった。
「話には続きがあって、それからしばらくして、その男の子が死んだみたいなの。立ち入り禁止の立て札のある沼地から発見されたのだけど、その表情は笑っているのよ。厳密に言えば笑っているというよりも、何か幸せそうな表情というのかしら。発見した人が不気味に感じたというのだけれど、想像しただけでも気持ち悪いわね」
 沼地で発見された男の子の死体? どこかで聞いた話である。
 吾郎は西洋館での冒険を思い出していた。
 古井戸を見つけた時の修の横顔、まるでこの世のものとは思えないものを見てしまったという驚きの表情をその時三人とも浮かべていたが、井戸を見つめている修の横顔が次第に変わっていったのが印象的だった。その表情には何とも言えない幸せそうな表情が浮かんでいて、まるでそこだけ違う色の光が差しているようにさえ思えた。
 薄い黄色の光が当たっているようで、そう、トンネルの中を通る時に光る黄色のようだった。一瞬だったので錯覚だったのかも知れないが、横顔を見ると、黄色く光っていたように思えてならない。
 修も吾郎もしばらくそこに立ちすくんでいたが、もう一人は怖くなったのか、すぐに我に返ると、二人を意識せずに、すぐに逃げ帰った。その時吾郎も逃げ帰りたい衝動に駆られていたが、自分から動くことのできないかなしばりに遭ってしまった身体をそうすることもできず、しかも、修の不気味な横顔を見ていると、
――ここから立ち去ってはいけないんだ――
 と思えてならなかったことを覚えている。
 しかし、最終的にその場所からどうやって帰ったのか覚えていない。井戸を見てかなしばりに遭ってしまい。男の子二人が立ちすくんでいる。しかもそれぞれでまったく表情が違っている。片や恐ろしさに縮み上がっているのと、余裕さえ見える表情とである。もっとも心の中はどうだったのか分からないが……。
 そんなことを考えていると、女の子がまた話し始める。
作品名:短編集51(過去作品 作家名:森本晃次