短編集51(過去作品
「私も聞いた話なので、ハッキリしたことは分からないんだけど、その人は私の姉のお友達のところによく遊びに行っていたらしいの。まあ、小学生の男の子と、中学生の女の子なので、恋愛感情があったとは思えないんだけど、男の子からすればおねえさんのように慕っていて、女の子からすれば弟のように可愛いと思っていたのかも知れないわね」
それを聞いていたカウンターの女性も、
「そうね。男の子にすれば背伸びしたい気持ちになる年頃なのかも知れないわね。小学生からすれば中学生はかなり大人に見えるものだからね」
「特に発育途上の女性は、男性よりも大人の身体になるのが早いというわ。精神的にも女性の方がしっかりしているのかも知れないわね。特に中学生と小学生、まるで大人と子供だったのかも知れないわ」
吾郎は異性を意識するのが遅かった。中学に入っても女性に対しての意識は薄く、
――彼女がほしい――
と感じることもなかった。それを感じるようになったのは、高校受験の最中だっただろうか。
成績が悪いわけではなかった吾郎は、さらにランクが上の学校を目指そうと、自らで塾に行くことを志願した。まわりが受験の空気に包まれ、いやでも勉強しなければいけないという追い詰められた精神状態になりたくなかったからで、自らが志願することで、プレッシャーも少なかった。
元々人から言われてするのは嫌なタイプだった。必要以上に押し付けを感じ、プレッシャーになっていたからである。要するに自分で納得したこと以外は、押し付けの部類に入るのだ。
だからこそ塾も志願だった。だが、先を読むことがくせになっている吾郎にも一抹の不安があった。結果的にはそれが的中したのだが、あまりレベルの高い学校を選ぶことに弊害も感じていた。
――学校の先生も、塾の先生も勧めるけど――
全体の平均ランクが低ければ、それなりに成績のいい吾郎は、それだけで満足する方だった。謙虚というよりも、どちらかというと闘争心があまりないタイプである。受験をあまり苦痛に感じなかったのも、自分中心に考えて、あまりまわりを意識していなかったからである。
だが、それも成績がよく、まわりから責められることがなかったからだった。もし、自分のレベルギリギリの学校を選べば、まわりは自分よりも優秀な人たちの集まりで、下手をすれば自分の知らない世界に入り込んだ気分になるかも知れない。それが一番危惧していることだった。
塾で勉強しているのも、自分の実力を試すためと思っているから頑張れた。自分でもある程度受験前には自信がついていた。だから、レベルの高い高校を受験して、見事に合格できたのだ。
入学してしまうと、成績は並み以下になっていた。予想していたことだが、少しショックではある。だが、同じような気持ちになっている人が他にも結構いた。特に最初から気がついていなかった連中がほとんどだろうから、彼らは次第に勉強に興味を持つことなく、グレていく道を選ぶ者も少なくなかった。
だが、吾郎にそれはなかった。最初から分かっていたことであったし、勉強以外の他のことに興味を示せばいいと思っていたからだ。安易に目の前の快楽に溺れるようなことはなく、いわゆる不良グループとも縁がなく、一人でいることが多かった。
それでも孤独だと思ったことは一度もない。通常一人でいるだけで、人と話をしないわけでもなく、却って他の人が吾郎に助言を求めに来たりすることも多かった。
なぜか吾郎が助言したことが、その後のその人にとって、いい選択を与えるきっかけになっているようだ。
――無責任な発言なんだけどな――
と、吾郎は感じていた。
吾郎が塾に通う途中の道に不思議な女の子が住んでいるのを思い出した。
彼女はいつも白い服を着ていて、年齢的には中学生か高校生だっただろうか。お屋敷と表現できるような家に住んでいて、まさしくお嬢さんという感じであった。
少し規模は小さいが、冒険心に駆られて出かけていった古井戸のある西洋館の門構えに似ている。白い服の女の子が気になったのも、門構えを見て屋敷を気にすることがなければ気にすることもなかったかも知れない。
白い服は夕日に映えていた。白い服はワンピースで、背は高く、スリムな感じなので、実に良く似合って見えた。いつも二階の窓から空を覗いているので、下を歩いている吾郎にはきっと気付いていないだろう。その表情には薄っすらと笑顔が浮かび、見ているとこっちまで微笑ましく感じる。だが、その表情はいつも変わることがなく、却って不気味だった。
――大丈夫なのだろうか――
子供心に気持ち悪さを感じていた。
そんなことを思い出しながらスナックでの二人の話を聞いていると、
「それでね、その彼女というのが、少し分裂症のような感じだったの。何か脳に腫瘍のようなものができているらしくって、あまり長くないかも知れないって言われていたのね」
「それはいつから?」
「生まれた時からの先天性のようなものだったらしいの。だからご両親は、いつ彼女が亡くなってもいいように覚悟はしていたらしくって、兄弟もいなかったのね。ご主人さんが会社を設立していて、社長さんをしているようなので、経済的には裕福な家庭だったのよ」
裕福な家庭であっても、中に入ればどうなっているか分からないというのは、テレビドラマなどでよくある話だ。欲に目がくらんでのドロドロしたものもよく見かけるが、こういう不幸を背負った家庭もあることを今さらながらに吾郎は感じていた。
――誰が悪いってわけじゃないのに――
聞きながら考えていた。
――そういえば、自分の行いが自分に最後は降りかかってくるという先生がいたけど、あれってどこまで信じていいんだろう――
と考えないでもない。
何も考えずに生活していて、幸福に見える人だって、見えないところで苦労があったり、不幸を背負っていたりするものだが、表に出さない限り分からない。見えているところだけを信じると、痛い目に遭うことになるだろう。そういう意味では先生の言っていたことを肝に銘じて人を見るのも大切である。
しかし病気だけはどうしようもない。しかも先天性の病気というのは、自分のせいではない。強いて言えば母体か父親の不摂生が影響しているかも知れないが、それとて、全部が全部悪いわけではない。
遺伝にしてもそうだ。遺伝で生まれつき臓器のどこかが悪い人もいる。
「呪われているのでは?」
という一言で片付けていいものだろうか。昔ならお祓いをしたり神頼みもあるのだろうが、今は医学が発達していて、いろいろ解明もされているだろう。その娘がどうなったのか気になるところだった。
「彼女、その時の男の子とは結構うまくいっていたみたいなの。彼女自身病気のせいで、精神年齢が幾分か幼いところがあったらしいので、小学生の男の子と話があっていたみたいなのね」
「よかったじゃないの」
「でもね。男の子からすれば、次第に物足りなくなってきたようなのよ。相手が中学生だと思って話をしているけど、内容を聞けば、どうも幼い発想をしている。しかも時々話しに辻褄が合っていないと思えてくると、不信感も出てくる」
「それで?」
作品名:短編集51(過去作品 作家名:森本晃次