短編集51(過去作品
「男の子の余裕のある表情が、その女の子にも移ったらしいのよ。まるで吸血鬼に血を吸われて、吸われた人がさらに吸血鬼になってしまうようにね」
その話を聞いて、吾郎は背筋が寒くなった。
――二人は関係があったのだろうか――
小学生の男の子と、中学生の女の子、大人の男女としての機能がないとは言えない。お互いに本能のまま赴く行動を起こさないとも限らない。男の子が彼女に移したのか、女の子が男の子に移したのか、それとも、それぞれの魔性を移しあったのか、お互いに表情が似ていたというのも恐ろしい。飛躍しすぎかも知れないが、吾郎の想像はそれだけで終わりそうもなかった。
その女の子がいつも自分が見ていた白いワンピースの女の子だと思えて仕方がない。今日、公園で見かけた女性を追いかけて、思わず入ってしまったこの店で、その頃の話を聞くのも何かの因縁ではないだろうか。修と一緒に井戸を見たあの時から、まるで自分の人生は決まってしまったようにさえ思える。
――そういえば井戸の中を見たっけな――
そこには自分の顔が写っていた。水が入っているわけでもないのに、自分の顔が写っている。一緒に覗き込んでいるにも関わらず、修の顔が分からない。実に不思議な井戸だった。
しかもそれを今まで忘れていたのである。
「俺はあの井戸を覚えているよ。お前は忘れてしまったのか?」
と修が話していた・
「「ああ、覚えていないんだ」
というと、
「それが幸せなのかも知れないな」
といって、最高に余裕の表情を見せた。それが一番不気味で、その表情が修の顔を見た最後になってしまった。修はしばらくして、沼地で死体となって発見された。外傷はなかった。事故だということで処理されたが、本当はどうだったのだろう? 自殺する原因がまったくなかったからだ。しかし、吾郎は修が自殺だったのではないかと思っている。根拠があるわけではない。
――自殺だと思ってやらないと、修がかわいそうだ――
と思ったからで、きっと修の気持ちが分かるのは自分だけなのだと思っていた。
――修が呼んでいるのかも――
最近、そんな気持ちになる。
ウイスキーのビンに顔を写してみる。
ウイスキーはまったく入っていないのに、そこには顔が写っている。小学生の頃に井戸の中で見た、あの時の自分の顔だということにすぐに気付いた……。
( 完 )
作品名:短編集51(過去作品 作家名:森本晃次