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短編集51(過去作品

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たばこという魔力



                 たばこという魔力

「タバコは二十歳になってから」
 と言われるが、実際には二十歳前から吸っている人が多いだろう。
「二十歳の禁煙」
 などという人もいて、二十歳でタバコを卒業する人もいるようだ。
 だが、渡辺武はずっとタバコを吸わないで来た。
「百害あって一利なし」
 と言われるタバコを吸う価値もないと思っていた。実際に喫煙者でも、最近は吸える場所が次第に少なくなってきて、これを機会として止める人も増えてきている。
――止めるくらいなら最初から吸わない方がいい――
 という考えで、ある意味現実的であった。
 会社でもタバコが吸える場所は休憩室も設けられた喫煙室だけである。それ以外では一切吸えなくなってしまって、誰が喫煙者かは、そこを見れば一目瞭然であった。
 渡辺の会社は、地元密着の企業で、本部には百名近くの社員がいるが、女性を合わせても喫煙者は三割くらいではないだろうか。本部と言っても、都会にあるわけではなく、田舎に物流センターを兼ねて建てられているところだった。
 今の会社に入る前は、都会の事務所に勤務していて、スーツ、ネクタイ姿で通勤していた。だが、転職してからはネクタイ姿ではあるが、スーツを着ることはなくなった。
 現場での仕事もあるからである。
 前の会社では完全なデスクワークだったのだが、転職した会社はサービス業、それぞれに部署が分かれているが、一日のうちに応援に借り出される時間も午前中にわずかだがあった。
 最初は気分転換になっていた。いつもデスクワークだけなので、仕事をしていても、自分の仕事が会社の中の一部であっても、それが見えてこなかったが、現場を応援することで、自分の仕事も応援している仕事も、どちらも会社の中の一部だと実感できるからだった。
 毎年数件の新規営業所が新設されていた。それに伴っての応援もしなければならない。それはさすがに厳しいものがあった。自分の仕事を夕方までこなしてから、それからまた深夜まで、プロジェクトへの参加になった。夜の事務所で数人の関係者が残って黙々と行うデスクワークは、精神的に追い詰められるものがある。
 転職したのは二十五歳の時、前の会社は三年しかいなかった。
 別に仕事が嫌で辞めたわけではない。転勤命令が出たことで、辞めたのだった。
 じつは渡辺は学生時代から付き合っていた彼女と結婚したのが二十四歳の時だった。転勤命令が出たのは、結婚してからすぐのことだった。
「どうしてあなたなの?」
 結婚する前は四年間の交際期間だった。交際期間の彼女は従順で、逆らうことを知らない女性だった。もっとも優しさを自負していた渡辺だったので、彼女への愛情は最大限の優しさに満ちていたはずである。決して無理なことを言うことはなかった。
 絶えず笑いの絶えないカップルだったが、あまり肝心なことを話すことはなかった。余計なことを話さなくとも気持ちは繋がっていると思っていたからで、お互いに暗黙の了解もたくさんあった。
 結婚するのも暗黙の了解。後はいつするかというだけのことだった。却って切り出すタイミングが難しいもので、渡辺が仕事に慣れた頃を選んだのは、ある意味ちょうどよかったのかも知れない。
 だが、後がいけない。なぜに転勤命令などがこの時期に出されなければいけないのか、確かにサラリーマンだけに転勤は付き物だ。前の会社は全国展開している企業なので、全国に支店を構えている。
 転勤は独身者が多いと思っていたので、結婚してからはないだろうとタカをくくっていたが、甘かった。もっと悪いことに、
「結婚したから、きっと転勤命令は出ないよ」
 と言っていた手前もあって、ばつが悪かった。
「会社の命令だから仕方がない。一緒に行ってくれるよな?」
 と言えるような男であれば苦労はしない。学生時代から優しさを自負していたので、強制的なことは決してできないという考えが、妻の美紀に対して基本の考え方になっていた。
「転勤命令が出ちゃった。会社を辞めようと思うんだけど」
 というと、
「そう、仕方がないわね。私もパートくらい探さないといけないわね」
 少し想像していたよりも冷たい返事に感じた。
 しかし、いくら余計なことを考えさせたくないという思いと、以前から転勤を嫌がっている雰囲気のあった美紀に対して、負い目を感じながらでも会社を辞めると告げたのだから、仕方のない返事である。
「あなたについていくわ」
 このセリフだけで十分だった。美紀の気持ちは十分に分かった。だが、その時はあまり意識はなかったが、紛れもなく美紀に対して負い目を負ってしまったことに間違いはなかった。
 会社に対する恨みはないが、今度仕事を決める時は地元企業である必要があった。就職難ではあったが、中には募集を掛けているところもある。
 システム的な知識があることから、今の会社へ入ったのだが、それまでの仕事とのギャップの激しさゆえに、最初は馴染めなかった。
 何と言っても、社員の雰囲気が違う。
 前の会社は確かに皆事務所では会話もなかったが、仕事が終われば、よく居酒屋などに繰り出して、適当なストレス発散とコミュニケーションを取ったりしていた。だが、今の会社ではそんなことはほとんどない。仕事がシフト制であるということも大きな要因で、夜勤もこなさなければならなかった。
 夜勤も大変であった。何よりも生活のリズムが狂う。誰もいない事務所に夜出かけていくということにも違和感があり、一週間というシフトで夜勤は繰り返される。最初の二、三日はまだいいのだが、途中で自分の身体ではないと思えるほど疲労が溜まってくることがある。
 前の会社を辞めてから、新しい会社が決まるまでに数ヶ月が掛かった。時間の感覚は、学生時代からずっと短く感じるようになって、時間があっという間に過ぎている感覚だったが、この数ヶ月というのは、本当になかなか時間が過ぎてくれなかった。就職活動というよりも、なかなか過ぎてくれない時間が辛かったように思う。
 時間が過ぎてくれない感覚は一日一日が一番辛かった。昼間仕事をしている時は、あっという間に時間が過ぎてくれたのに、失業中は夕方までの時間が何と長かったことであろう。
 転職してからは、新しい仕事に馴染もうと必死だったが、なかなか前の仕事のイメージが抜け切れない。順応性に欠けているからだと思うが、仕事よりも人間関係に疲れを感じていた。
 サラリーマンというには程遠いような会社で、社員の意識も作業者のレベルだった。
 会社に入って同じ部署の人に話を聞いてみたが、どうやら新卒入社よりも中途採用の社員の方が多いとのこと。
「この会社は同族会社ということもあって、地元の意識が強いんですよ。それだけに馴染める人はいいんだけど、馴染めない人は辛いですね。有望な社員として入社してきた人たちの多くは半年もしないうちに辞めていくのが実情ですね」
 同族会社というのは、なかなか他の会社を知らないところがあると聞いたことがあるが、自分の会社が同族会社だと聞くと、そのことが頭から離れずに、見えてくるものも、すべてこの会社独自のものと思えてならない。
作品名:短編集51(過去作品 作家名:森本晃次