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短編集51(過去作品

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 中腰になってまわりを警戒しながら歩いている修とは、全員が対照的だった。完全に修はレンジャーになりきっている。それは後ろからついていくだけでも感じられることだった。
――ちょっと歩いただけでも汗が吹き出しているのかも知れないな――
 と感じるほどで、呼吸が荒くなって来ているのを感じる。実際に後ろからついてきている連中も一歩踏み出すたびに緊張が増して来ているのが分かってきた。意外と一番冷静なのは吾郎だったのかも知れない。
 湿気が次第に強くなるが、それに反比例して、喉の奥がカラカラに渇いている。誰も声を出そうとはしないから分からないが、きっと誰もが声を出せば枯れているに違いない。
 全体的な空気が重くなってきた。次第に、
――やめておけばよかったかな――
 と思うようになってくる。一番冷静かも知れないと感じていた吾郎がそうなのだから、後ろからついてきている連中はもっと不安に感じているに違いない。
 屋敷の横を通り、次第に道なき道に入り込んでくる。最初は苔のようなものだったはずなのに、背の高い雑草が増えだしてくる。膝くらいまである草も結構出てきて、湿気を含んでいるだけに、見たこともないような虫が出てくるのではないかと気持ち悪くなってくる。
「ヘビくらい出そうだな」
 後ろから聞こえてくる。それに呼応して、
「俺、やっぱり帰るわ」
 最後部からついてきていたやつが最初に弱音を吐いた。
 言うや否や踵を返して、こちらの返事を聞くまでもなく帰っていく。それを止める者は誰もおらず、それぞれに立ち止まって顔を見合わせていた。
 これが引き返せる最初で最後の機会とでも思ったのか、
「俺も」
「じゃあ、俺も」
 と次々に脱落していく。
 元々止める気もなかったが、それ以前に止めれる雰囲気でもない。一人が脱落するのをきっと皆待っていたのだろう。暗黙の了解でもそこには存在しているかのようだった。
 べちゃべちゃという音が遠ざかっていく。それだけ湿気を含んだ土に踏み入れた靴はかなり泥で汚れていることを示していた。
 気がつけば三人だけになっていた。
「三人が残っちゃったね。最初は八人もいたのに」
「うん、人数がいるからと思って参加したやつも結構いたんじゃないかな。人が減れば彼らはついてこないさ」
 先頭は修に任せて、残った二人で状況分析をしてみたが、気持ちは同じだった。前に集中している修にしても、この状況でなければ同じことを感じたかも知れない。とにかくその時の修は普段見たこともないような集中力を発散させていた。
 集中力が表に出るなんてよくよくのことだろう。
 それは自分たちも同じ状況に遭遇しているからなのかも知れないが、元々言い出した手前、簡単に帰るわけにはいかない。せめて井戸を一目見るまでは帰れないという信念はあった。
「古井戸って、気持ち悪いですね」
「そうだね。屋敷もそうだけど、井戸というのは、意外とお城に繋がっていたりするものなんだってね。お城からの抜け道にも使えるし、屋敷を襲われた時、お城への抜け道にも使えるしね」
「でもここは西洋屋敷だよ?」
「確かにそうだけど、井戸だけは昔からあったのかも知れないよ。井戸というのは、簡単に埋めたり動かしたりしてはいけないものだって聞いたことがある」
「お墓などはちゃんとお祓いして移動することもあるけど、井戸はもっと神聖なものなのかな?」
「かも知れないね。どんな形で残っているのか、興味はあるんだ」
「僕だって一緒さ」
 そんな会話を後ろでされて、修はどんな気持ちになっていることだろう? 三人それぞれに気持ちはバラバラなのかも知れないが。ここまで来れば井戸を見たいという気持ちが一番強いのは間違いなかった。
 果たして井戸を無事に見つけることができた。
 その場所には不思議なことに草や木はそれほど生えていない。太陽が当たっていて、そこまでの道のりとはまるで違って後光が差しているかのようだった。
「まるで陸の孤島のようだ」
 思わず吾郎が呟いたが、その表現がピッタリと当て嵌るとも思えなかった。次の瞬間には台風の目のように感じていたのだから……。

 陸の孤島のような場所を社会人になって探していたのかも知れない。陸の孤島と言っても立地的な陸の孤島ではなく、都会の雑踏の中に佇むオアシスのようなところである。
――そんなところがあるわけないじゃないか――
 というのがいつも頭をよぎっているが、本音としては、
――どこかに一つくらいあるかも知れない――
 それを探すのも一興である。あるかないか分からないだけに、焦って探す必要もなく、あれば感動に値するだろう。むしろ、見つかってからよりもあるかないか探し回っている時の方が精神的に充実しているのではあるまいか。
 いつも仕事が終わって会社の前の公園のベンチに佇んでいた。夏の間などは、アイスキャンデーを買ってきて食べたりもしていた。それは冬でも変わらない、冬の方がなかなか溶けなくてサクサクしたまま食べれるのでおいしかったりする。スーツ姿でアイスキャンデーを食べている姿は情けなく見えるかも知れないが、吾郎が自分で想像する分には哀愁を誘うが情けなくは感じない。
 背中を丸めて、大の大人がする姿ではないことは分かっている。他の人から見れば情けなく見えるだろうことも想像できる。
――自分だから情けなく感じないのだろうか――
 と思っていたら、そのうちに一人の女性が公園の反対側のベンチに佇んでいるのを見るようになった。
 向こうは吾郎を意識する素振りはまったく見せない。吾郎も意識しながら意識している素振りを見せないようにしている。そういう行動は却って相手に意識させるものなのかも知れないが、向こうからは敢えて視線を合わせようとはしない。
 公園の近くに食堂街があるのだが、そこは、雑居ビルが立ち並ぶビルの地階にある。吾郎の会社の人たちも数人食堂街で食事をしているようだが、何しろ昼休みはサラリーマンでごった返して、なかなか落ち着けない。
 吾郎も上司に連れられて数回寄ったことがあったが、自分から行こうとは思わなかった。
――人が多いところが嫌になったにはいつからだったんだろう――
 と考える。
 大学時代はそれほど嫌というわけではなかった。むしろ人が多く集まるところに自分から出かけていったものだ。
 食堂街の奥にスナックが二、三軒ほどあったのは知っていた。その頃の吾郎はスナックなどには興味もなく、どちらかというと居酒屋に行くことが多かった。
 あまり酒を呑むこともないのだで、自分から出かけていくわけではなく、誘われるとついていく程度である。不思議なことに誘われるのは、
――たまには居酒屋もいいな――
 と感じた時が多く、まるで計ったかのように誘いを受ける。そんな時は決まって二つ返事で受けるのだが、その時の心境を誘ったやつが分かっているはずもない。
 吾郎の顔には満面の笑みが零れていたのだろう。誘う方も、
――誘ってよかったな――
 と思っているに違いない。
作品名:短編集51(過去作品 作家名:森本晃次