悠久たる時を往く 〜終焉の時、来たりて〜
五. “テクノロジー”の時代
[英雄譚、 その後]
冥王ザビュールを倒し、アリューザ・ガルドから闇を追い払った、救世の英雄たち。
彼らのその後は——
英雄イリーカ・イェンヒリエル。
彼女は冥王その人を倒したものの、突如出現した“負”の球体に飲み込まれ、冥王もろともどの次元からも消息を絶った。
その後、杳《よう》として知れず。
大魔導師アレーヴ・グレスヴェンド。
愛弟子であるイリーカの突然の消失を悼んだ後、単身フェル・アルム魔法学院へ戻った。それまで同様、生徒たちに魔法を教える一方、“魔界《サビュラヘム》”と冥王についての知見を書に綴《つづ》ったという。
“テクノロジー”の急速な発展に警鐘を鳴らし続け、いずれ来たる戦禍——“機械大戦”の勃発を予見しつつ、最期は多くの弟子たちに見守られる中、学院で息を引き取った。
“ダフナ・ファフド”。
自分たちの犠牲を顧みず、決死で英雄を導いた勇者たち。その最後の、そして極秘の使命は、こともあろうか英雄イリーカを殺すことだった。
冥王という脅威が去った後、世界にとって最大の脅威は、冥王すらも凌駕する英雄の力。それを恐れている者たちは少なくない。為政者や権力者ならばなおのことである。彼らが想定する“脅威”が害をなさないうちに防ぎ、滅せるのは、英雄に付き従い、人ならぬ力を持つ“ダフナ・ファフド”のみなのだ。
しかし実際——英雄イリーカは何処へかと消え失せてしまった。“ダフナ・ファフド”には為すすべがなかった。
その直後のことである。“英雄殺し”という最後の使命を果たせなくなった彼らの命数は尽き、みな息絶えた。勇者の集団、“ダフナ・ファフド”はこうして滅びた。
一騎当千の英霊達。
“魔界《サビュラヘム》”の脅威が去ったのを感じ取ると、彼らは砂のように消え去り、あとにはなにも残らなかった。おそらく元いた世界——“幽想の界《サダノス》”へと還っていったのだろう。
彼らを率いていたディトゥア神族の“浄化の乙女”ニーメルナフもまた、神々の世界へと戻っていった。
そして——
“テクノロジー”による機械群。
謎めいた、鍵の存在。
ディトゥア神族のライブレヘルは、スティファ・アルヴ・ピェトなるひとりの技師に機械群を引き渡した。
この技師、天才を自負するピェトは機械を率い、“魔軍《ギドゥ・ン・ザヴァル》”の残党を殲滅《せんめつ》、地上に顕現した“魔界《サビュラヘム》”の残滓《ざんし》を跡形もなく平らげた。
その後、ピェトはこれら未知なる機械をくまなく解析し、“テクノロジー”を広く世に公開した。
“テクノロジー”は世界中に伝播し、わずか五十年足らずのうちにアリューザ・ガルドの文明は急成長を遂げ、それは今までの魔法文明を過去のものに追いやらんとしていた。
バイラルによる技術革命により、世界は新たな変革の時を迎える——そう考えられていた。
一方この頃、バイラル以外の人間がアリューザ・ガルドを後にしはじめた。
エシアルルは“世界樹”のもとへ。
アイバーフィンは“風の界《ラル》”へ。
ドゥロームは“炎の界《デ・イグ》”へ。
それぞれの属する事象界へと多くが帰還し、その後戻ってくることはなかった。
[魔法から“テクノロジー”へ]
“テクノロジー”が従来の魔法文明と大きく異なる点は一つ。
魔法文明は魔力——世界が内包する様々な“色”を抽出する——により力を得ていた。
一方の“テクノロジー”は、魔力の中でも雷電の力のみ必要とする。発電技術さえあれば、必ずしも魔法に通じる必要はない。
従来の魔導塔は発電塔へと急速に置き換わり、魔法使いに代わって技師が世界を担っていくこととなる。
この変遷により、世界を正しく識《し》る人間は急速に減っていった。なぜなら、まことの魔法使いのみが世界の理《ことわり》を追い求め、理解するためだ。
既知の通り、アリューザ・ガルドは大いなる魔力に覆われている。人間や生き物、大地や海、さらには草木に至るまで、程度の大小はあるにせよ何らかの魔力を内包している。太古の昔、アリューザ・ガルドを彩った“原初の色”が魔力そのものであるからだ。
魔法使いは多種多様な“色”を知り、行使することで世界の有り様を知っていく。やがて彼らはこの世界に起きうること、未来がどうあるべきかについて考えを抱くに至る。
(これこそが『人間が“運命”を切り開く』という役割なのだ)
機械技師ではこの役割は到底務まらない。そもそも方向性を全く異にしている。
世界を識る者の減少により、アリューザ・ガルドがどう変化しているのか把握できなくなり——魔法使いが本当に必要だと気がついたときにはすでに時遅かったのだ。
[“機械大戦”]
“テクノロジー”がもらしたものは物質的恵みのみではない。いつの時代も、魔法を含めた『利器』は軍事転用されるものだ。
より便利に。より豊かに。そこで生じる各国の衝突、利権——資源を求め、バイラルの国家間で戦争が勃発したのは必然であった。
“機械大戦”——
これはアリューザ・ガルド全土を巻き込んだ、覇権を目論む諸国家の総力戦である。
各国の軍隊が繰り出す機械兵器は瞬く間に戦火を広げ、徹底的な破壊活動を行なった。
その中には先の冥王討伐で使用された機械群——銀色の兵士の姿もあった。
より破壊力のある兵器を求める諸国家。中でも西方大陸《エヴェルク》の覇者、リーグ国は技術の先端を行き、“ゾーグ”という巨大な銀色の兵士を生み出した。
彼らゾーグは頭部のみで稼働する。龍に匹敵する火力を生成し、遠く離れた目標に的確に命中できるうえ、本体そのものの戦闘力も龍に近い。加えて疲れを知らない、究極の兵器であった。
わずかひと月たらずの戦いで、人間たちは歴史上最大の戦禍——犠牲者・戦災者を、他ならぬ人間たちの手で生み出してしまう。これはかつての“魔界《サビュラヘム》”顕現をも上回るものであった。
「我々は愚かだ。同じ過ちを繰り返してしまった。かつては魔導を暴走させ、この度は機械を暴走させた。もはや三度《みたび》はない。我々はこれを戒めとし、深く刻み込まねばならない。我々は機械を放棄せねばならない」
こう宣言したのは当のリーグ国の元参謀、アードゥラである。
リーグでは政変が起き、軍部は民衆によって打ち倒された。それを主導したのがアードゥラだ。リーグ軍司令部に突入した彼は稼動可能なゾーグ全てを行動停止させ、上記の宣言を諸国家に対して発した。
アードゥラの宣言から半年後、大戦に参じた各国間で終戦協定が結ばれ、同時に“テクノロジー”を用いた機械の軍事転用を固く禁じることとした。
リーグ以外の諸国家もこの戦いで大いに疲弊し、国力が大幅に削がれた。
バイラルたちの文明は、それまでの発展ぶりが嘘のように停滞し、静かに没落していった。
ここから先の歴史に“何も起こらなかった”としても、人間は繁栄を取り戻すことなく、“永遠の黄昏”を迎えただろう。
[“色枯れ”]
アリュゼルの神々は“天界《アルグアント》”から、ことの趨勢《すうせい》を静かに見守っていた。今までどおりに。
作品名:悠久たる時を往く 〜終焉の時、来たりて〜 作家名:大気杜弥