小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集50(過去作品)

INDEX|5ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

 さらに、小学生の頃のことを思い出すと、最初に思い出すまでは果てしなく以前のことのように時間が掛かるが、一旦思い出してしまうと、まるで昨日のことのように感じるから不思議だった。
 社会人になってから、昔のことを思い出して、
「ああ、小学生の頃に戻りたいな」
 とボヤいている人の話を聞くが、山科はそんなことを感じたことはない。少なくとも前を向いて成長してきているはずなので、もう一度戻りたいなど考えられないと思っているからだ。
――すでに人生の折り返し地点に差し掛かっているとでも思っているのかな――
 過去を振り返って、それを愚痴のように人に喋る心境が山科には分からない。その人からすれば、ただの愚痴なのかも知れないが、聞いている人には不快感しか与えないことを本人が自覚しているはずもなかった。
 小学生の頃が一番頑なだったかも知れない。だが、頑なだったわりに柔軟性もあった。人から言われて納得しないとしなかったくせに、食事のように、疑問を持ちながらでもくせになってしまったことも少なくない。柔軟というよりも順応しているのだろう。小学生の頃は、順応している自分に対して嫌だと感じているもう一人の自分がいたこともウスウスではあるが、感じていた。
――ひょっとして一番感受性の強い時期が小学生の頃だったのかも知れない――
 その時期があったからこそ、今の自分がある。だから、小学生時代に再度戻りたいとは思わないのだ。
 ある程度運命が決まっているとは思いながらも、再度の人生で、今いる自分に辿り着けるはずはないと思っているからだ。
――何が起こるか分からない。それが人生だ――
 という考えであるが、若い人でこんなことを考えていると、すでに頭の中が老いているように思われるに違いない。
 その日、いつものようにソルティドッグを呑んでいると、少し頭が重たくなるのを感じていた。次の日が休日でないと、最近はバー「フォルテシモ」にはやってこない。そる敵ドッグは、薄くしてもらうこともあって、呑んだその時から寝るまではそれほど酒に酔った感じがしない。しかし、なぜか目が覚めてからいつも身体がだるかったり、頭が重たかったりする。
 最初は風邪を引いたのかと思ったが、それにしては偶然が重なる。ソルティドッグのせいだと気付いたのは、しばらくしてからだった。
 だが本当にソルティドッグの影響とは限らないだろう。偶然が続いているだけかも知れない。それでも用心を重ねてなるべくなら次の日が休日の時を選ぶようにしたのは、賢明だったかも知れない。
 その日はプロジェクトの仕事がある程度キリがついて、少し気が楽になっている頃だった。ある意味では気持ちも大きくなっていただろう。普段はあまり食べないのに、食事メニューもたくさん注文した。
 オイル焼きを中心に数種類頼み、マスターも厨房とカウンターを行ったり来たりであった。
 奥からオイル焼きのおいしそうな香りがしてくる。それを感じながら呑むソルティドッグも乙なもので、気がつけば二杯目を呑んでいた。
「今日は結構いけるんですね」
 会話は滑らかだが、マスターはあまり声が大きい方ではない。バーくらいの狭い店であればちょうどよく、客の山科の方が大きな声を出している。元々山科は声は大きな方で、仕事などで相手を説得に掛かった時には大きな声になっていることが多い。
「山科さん、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」
 と会社の同僚や部下から言われることがある。時々上司からも指摘を受けるが、どうしても相手を説得したいと思うと、激高してしまって、声を荒げることもなきにしもあらずであった。大いに反省しなければならないところだといつも自覚している。
 オイル焼きには、ガーリックが使われていて、焼ける香ばしい香りに乗って、目がしょぼしょぼしてくるのを感じる。そんな時、
――少し酔っ払ってしまったかな――
 と感じるのだった。
 実際には酔っ払ってしまった感覚はあまりないのだが、その日は思ったより酔いの周りが早いようで、頭の重たさは、翌日目が覚めて起こす感覚に似ていることに気付いていた。
 だが、それは目が覚めるにしたがって感じることなので、今とは少し違う。これから睡魔が襲ってくる時間帯ということもあり、頭痛と睡魔が頭の中で戦っているように思えていた。
 指先が何となく痺れてきていた。
――このままでは眠ってしまう――
 と思っていると、
「お待たせしました」
 と奥から、砂ずりのオイル焼きが出来上がってきた。
 一番食べたいと思っていた、自分にとってのメインディッシュ。目の前に来ると、
――まずこれをいただいてからだな――
 と思うことで、少し頭痛も和らいできた気がした。
――俺って意外と単純な性格なのかも知れないな――
 と感じたが、この感覚は今に始まったことではない。前から感じていたことでもあった。それだけいつも自分を見つめているということの裏返しかも知れない。
 自分を見つめることは決して悪いことではない。いいことを一生懸命に見つめようという気持ちもあるにはあるが、どちらかというと悪い方のことを見つめてしまっている自分に気付いていた。悪いことの方が、どうしても目立つからであろう。
 他の人はどうなのだろう? 山科と同じように自分を見つめるという意識があるのだろうか?
 山科は思う。
――意識的か無意識か、どちらにしても自分を見つめなおすという意識はあるんだろうな。でも意識していないと、あまり意味がないような気がするけどな――
 という考えである。
 意識していないと、何かあった時にしか見つめなおしていることに気付かないだろう。しかも何かあった時に気付くとしても、それは往々にして手遅れの時ではないだろうか。それでは何の意味もない。だからこそ、自分は無理にでも意識しようとしているに違いない。
 その日に限らず、いつも店内に客がいないことを意識しながら、
――これだったら眠ってしまっても誰に迷惑を掛けることもないな――
 と思っていた。
 他に客がいないことを、今までに何度も不思議に感じたことはあったが、その日は、さらに気になっていた。しかし、さすがに指先に痺れを感じてくると、落ち込んでしまうであろう睡魔に逆らう気力は失せていた。
 頭痛は心地よさに変わったようだ。
 心地よさを意識したのは一瞬だったが、眠ってしまった瞬間が、その時には分かった。普段であれば眠りに就く瞬間が分かるということはほとんどない。稀に、疲れ果てて眠ってしまう時に感じるが、それは、
――眠ってはいけない――
 という意識が心のどこかに働くからだ。
 ということは、その時も
――眠ってはいけない――
 という気持ちが心のどこかで働いたというころだろうか?
 あれだけまわりに客のいないのを意識したことや、指先の痺れのために、
――仕方がないことなんだ――
 と思ったにもかかわらずである。
 オイル焼きの香ばしさにフランスパンのさくっとした噛み心地、味わっていることを意識しながら、どうやら眠りについてしまったようだ。
――これで頭痛はなくなる――
 と思っていたが、ゆっくりと目が覚めるのを感じると、頭痛は相変わらずであった。
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次