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短編集50(過去作品)

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 しかもバイパスを通るのであれば、かなりの遠回りだ。駅前にタクシーがいたとも考えられない。タクシーであれば、最短距離を通ることくらい小学生であった舞でも分かっている。お金を出して乗ってくるのだから当たり前である。
 もっとも、駅から家までタクシーを使ったことはない。ワンメーターで行く距離ではないことは分かっている。
 迎えに来る人がいるのを分かっているのに、タクシーに乗るはずもなかった。迎えに行ってあげてほしいと頼んだのは母親である。駅に着いたことを電話で報せて、そこで迎えが必要だと判断し、舞に頼んだはずだった。
 考えれば考えるほど納得できない。またしても考えが裏に入り込んでしまっているようで、気がつけば家の近くまで来ていた。すでに家に帰りつくまでにおじさんに出会えるなどということは諦めていた。
 家の玄関を開けると、奥から笑い声が聞こえる。それを聞いてさらに疲れを感じ。またしても汗が吹き出してきた。
 今度の疲れや汗は、先ほど駅の待合室で感じたものとは明らかに違っていた。
 どこが違うのかと聞かれれば難しいところだが、益の待合室の方が、精神的に楽だったように思える。不思議な空気に包まれていたのは駅の待合室の方だった。
――木の匂いが独特だったからかしら――
 当たらずとも遠からじ、家に帰ってから感じる匂いは何もなかったからで、少し拍子抜けしたような感じがした。
 奥からの笑い声は、男女聞こえる。声の主である女性は母親で、相手の男性はおじさんに違いない。帰ってきた娘が玄関先にいることなど、気付いていないかのようだった。それが半分悔しくもあったのだ。
――やっぱり――
 おじさんの声だと思った瞬間、安心感もあった。迎えに行って出会えなかったことは不思議だったが、出会えないまま帰ってきて、結局いなかったら、不思議な気持ちを皆持ったまま、おじさんを探し回らなければならない。だが、おじさんが無事に着いていれば、不思議な思いは舞の胸だけに閉まっておけるからだ。少し癪な気分にはなるのだが。
「いったい、あなたどこまで迎えに行っていたの?」
 と母親が、怒ってはいるが、もう一つ不思議そうな表情をしていた。どうやら、真剣には怒ってはいないようだ。もっとも、迎えに行かされて、会えなかったからと言って怒られてはたまらない。
 途中ですれ違った人が一人か二人いただろう。その中に今鎮座している人がいたかどうか覚えていないが、すれ違った人の顔はマジマジと見たはずだった。それなのに、今目の前にいる人の顔とさっき見た人の顔をダブらせることができないのだから、相当人の顔を覚えるのが苦手なんだろう。
 おじさんはというと、こちらを見ながらニコニコと暖かい視線を送っている。却って恐縮してしまい、肩身が狭い思いがしてしまったのは、まだ子供だったからであろう。
 大人だったらどうだろう?
 子供から見ていて、大人の方が恐縮しているように見えても、それはどこか縁起っぽく感じさせられる。それは特に母親を見ていて感じることだが、近所付き合いをしている時に多く感じる。
 必要以上に声を大きくして腰を低くしているのを見ることがある。
「私はこれだけ相手に気を遣っているんですよ」
 というデモンストレーションに見えたりもする。それは自分の母親に限ったことではないが、特に母親だと目立って見える。
 そんな母親が嫌だった時期もあった。無理にまわりに媚を売る必要なんてなく、何と言っても、近所という実に狭い範囲だけで、相手に媚を売るなんて情けないの一言でしかない。
――主婦ってどうして、こんな狭い範囲でしかものを考えられないのかしら――
 同じ女で情けなくなってしまう。
 まだ子供だから、成長期だから、まわりを広く見ようと心がけている。広く見ることが自然にできて、見えてくることすべてが新鮮に感じられる。中学生の頃の舞は、ずっとそうだった。
 次第に女性としての目が養われていく。すると、男性に対して今までと違った見方をしてくるのを感じていた。そうなると、人に対して気を遣うことが少しずつでも自然にできてくるように思えてくるのだった。
 だから母親を見ていると、どこかを頂点として、逆に自分をさげすんでしまうようなところに落ち着いてしまいそうで怖くなってくる。
――私だけはそんな風にはなりたくないわ――
 と考えて、母親を知らず知らずに軽蔑している時があるようだ。
「二十歳過ぎれば、ただの人」
 という言葉があるが、成長しきってしまうと、そこからどうなってしまうのか不安だった。
 母親の皮肉にも満ちた言葉が聞かれるのではないかと思っていたが、おじさんを迎えにいって、会えなかったことできっと怒られるはずだった。それを覚悟の上だったので、複雑な表情をされたので、こちらが却って恐縮してしまいそうになった。
 おじさんとの話が済んで、
「それじゃあ、今度また来ますね」
 と言って、おじさんは夕方には帰っていった。
 母親は、後片付けをしていたが、舞もそれを手伝っていた。
 テーブルを拭きながら腰を曲げていると、母親も掃除機をかけながら、舞の表情を垣間見るようにしていた。何かを言いたそうなのは分かっていた。
「舞はいつもの道を通って駅まで行ったのよね?」
 おもむろに母親が話し始めた。
「そうよ」
 舞はなるべく平静を装って答えた。
「お母さんにも以前、同じような経験があるの。まだ舞が小さかった頃、同じように駅までおじさんを迎えに行ったんだけど、その時もすれ違ったみたいで……。その時はお父さんが家にいて、おじさんを迎えてくれたのね。お母さんには何がなんだか分からなかったわ」
 複雑な表情の理由はそこにあったのだ。
「でも、これは誰にも言わないでいようと思ったんだけど、まさかあなたが同じ経験をするなんてね」
 それからであった。舞には何か不思議な能力があるのではないかと思うようになっていた。
 それにしても、同じ経験をした母親から頼まれるというのも、何という皮肉だろうか。
――頼んだのがお母さんじゃなければ、この経験はなかったかも知れないわ――
 それまで心のどこかで軽蔑していた母親を軽蔑しなくなったのも、その時からだった。
 虫の知らせや、同じ道を歩いていても、出会ったかどうか分からない経験をしてからしばらくすると、自分の口にしたことが現実になることがあるのではないかと思うようになっていた。
 根拠があるわけではないが、虫の知らせも、おじさんと出会えなかったことも、そのことの前兆だったように思えてきた。
 高校に入る頃には口数が減ってきた。
――清楚で大人しいイメージ――
 それがあることを自分でも感じていた。
 高校に入ると、彼氏ができた。
 彼氏などできないだろうと思っていたが、それは口数が減ったからだ。自分が口にしたことが、現実のことになるような意識が強まっていたからだ。
 しかし、そのほとんどは些細なことだった。ひょっとすれば舞が知らないだけで、話したことが現実になると思っている人は他にもたくさんいたり、それよりも、摂理として自然な成り行きを、勝手に自分の口から出たことだと解釈しているだけなのかも知れない。
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次