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短編集50(過去作品)

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 一つ目の角を曲がった。そこから先は商店街になっていて、アーケードが見えてくる。駅前が近づいてきた証拠で、普段であればそれなりに歩く人もいるのだろうが、さすがに暑い時間帯なので、通りもシーンとしていた。店は開いているのだが、客がいるわけではない。まるで開店休業状態だった。
 道に水を撒いた後が残っているが、一筋だけが残っているだけだった。妙に気になったのは、帰りに見た時にも同じ一筋の濡れた場所を見たからではなかったか。
――こんなこともあるんだな――
 理屈では考えられないが、なぜかその時は納得してしまっていた。
 子供の頃からあまり記憶力はいい方ではなかった。しかし、時々、
――以前にどこかで見たことがあるような――
 という気持ちになることがある。
 そんな時にすぐに納得するのであるが、考えてみれば当たり前かも知れない。
――記憶力がないのではなく、記憶の奥に封印しているだけで、表に出すことが苦手なだけなんだ――
 と思うようになった。記憶の奥に封印していると、意識としてはなかなか思い出せないもので、同じようなシチュエーションでも、思い出したとしても、
――何となく――
 なのだ。だから、不思議でも何でもないのかも知れない。
 自分を納得させるための都合のいい考えかも知れない。だが、それで納得するのであれば、それ以上追及するつもりはない。だが、頭の中では意識し続けていたようだった。
 いつも考えごとをするようになったのは、物心ついてからだ。他の人がどうなのか分からないが、絶えず何かを考えているのが人間としての本能のように思っていた。考えていない時などというのは、想像もつかない。
 考えごとをしながら駅まで歩いてくると、あっという間だったような気がした。
 相変わらずの田舎駅、駅舎の天井からもやっとした空気が立ち上るのがかすかに見えたが、疲れを感じたとすればその時だったに違いない。
 駅の待合室には冷房も効いていない。今であればクーラーが入っているが、かなり昔の田舎駅、まだまだクーラーがあるほどではなかった。
 ゆっくり待合室までやってくると、さっきまで感じなかった汗が一気に吹き出してくるのを感じた。
 待合室に入ってみる。さっきまで建物があっても、影になるところがまったくなかったここまでの道だったが、待合室は完全に屋根があるので、影になっている。
 本来であれば涼しいはずの影が、クーラーも効いていない半分密室のため、却って屋根にあたる日差しで暑くなっていたため、まるで蒸し風呂状態だった。
 風一つない蒸し風呂状態、しかも木造建築になっているため、木の匂いが沁み込んでいる。空気が木の匂いを含んで膨張しているのか、風がないことで、耳鳴りを引き起こしているようだった。
 こんな状態で、駅までたどり着いて安心した気分とが重なってか、一気に汗が吹き出し、そのまま疲れを誘発したに違いない。
 しかし、さらなる疲れは待合室を一望した時に感じた不思議な思いからでもあった。
 そこで待っているはずのおじさんがその場所にいなかったからだ。
「あれ?」
 思わず声に出してしまった。膨張した空気は蒸し風呂では反響しないのだろう。声が聞こえたのは自分だけではないかと思うほど、空気に吸収されてしまっているかのようだった。
 待合室には誰もいない。それどころか、舞が感じたのは、その場所にかなりの間。誰もいなかったのではないかという思いであった。結構、そういう予感めいたことが当たっていることへの確信はその時にはあった。もちろん、根拠のない自信ではあったが。
 身体を回転させながら、あたりを見渡していると、方向感覚が鈍ってきた。そして自分がここまでどうやってやってきたのかを再度考え直してみることにした。
――確かにいつも駅までくる道を歩いてきたのよね――
 と自分を納得させながら、自分に語りかける。語りかけられた自分は、それを聞いて納得する。それの繰り返しだった。
 まったく風を感じずにここまでやってきたが、考えているうちに、風を感じるようになった。考えていても仕方がないので、うちに帰ってみることにしたが、待合室を出た瞬間に、風を感じたのだった。
 風は思ったよりも冷たいものだった。冷たいといっても夏なのだから、暑さをしのげるものではないが、汗の吹き出した身体には冷たさを感じるといっても過言ではないほどであった。
 商店街までは駅から歩いて少し掛かったような気がしたが、商店街を抜けて見覚えのある田園風景を見ると、ここから先がさらに時間が掛かるように思えた。そう感じると、駅から商店街までがあっという間だったように思えて、またしても不思議な感覚に陥るのだった。
――おや――
 来る時はそれほど感じなかったセミの声、帰りにはやたらと耳を突いていた。
「ミーン、ミーン」
 厳密にはもっと違う声で鳴いているのだろうが、単純にそうとしか聞こえない。セミの鳴き声というと
「ミーン、ミーン」
 だということを教え込まれる前から知っていたように思えるのは気のせいであろうか。
 条件反射のようにその鳴き声を聞くと、背中から汗が滲んでくる。セミの声は背中に汗を掻かせるものだという思いが当たり前のように頭の中にあるのだ。
 しかしもう一つ不思議なのは、セミは木に止まっているはずである。田園風景が広がっているところでは、木が生えているところまでは結構距離がある。セミがどんなにけたたましく鳴いたとしても、それほど耳を突くほど大きな声で鳴くなど考えられない。
 ちょっと考えれば分かるはずなのに、その時は感じなかった。むしろ、後から思い出して。
――おかしいわね――
 と思っただけだ。
 最初に、
――あれ――
 と感じたのも矛盾に対してではなく、ただ、来る時には感じなかったということに対してだけであった。その時は、
――どうして来る時に感じなかったのかしら――
 と思ったのであって、考えてみれば気がつかなくて当たり前の状況だった。
 歩いているうちに今度は汗が引いてきた。
 正確には歩いているうちに身体が熱くなってきて、汗が蒸発したのだろうが、汗が引いてくると気持ち悪かったものが少し楽になってきた。
 スポーツ選手でも、一度汗を掻くと、あとは身体がうまく反応するようになるという話を聞いたことがあったが、まさしくそんな感じだった。
 歩いているのが自然に感じられた。足にきていた疲れが次第に引いてくる。
――疲れに身体が慣れてきたのかしら――
 とも感じたが、それよりも一度掻いた汗が身体を慣れさせているのかも知れない。
――それにしてもおじさん、どうしたのかしら――
 普通に考える余裕が出てきた。
 というよりも、考えているとことが裏ではなく、自分の意識の中でできるようになったと言った方が正解かも知れない。
 家から駅まではほとんど一本道、近くにバイパスができたのだが、そちらは知っている人はまだ少ない。
 バイパスを車で通ったことがある人でも、どのあたりをバイパスが走っているかまでは知らないだろう。それほど、車の量も多くないことだけは、父親から聞いて知っていた。
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次