短編集50(過去作品)
最初は後者なのだろうと思っていた。そちらの方が安心できるからである。自分さえしっかりした考えを持てるようになればそれでいいのであって、
――成長が自然に身につけてくれるものだ――
と思っていたからだ。
彼氏ができてしまうと、少しずつ口数も増えてくる。というよりも口癖が生まれるといった方がいいかも知れない。
「だって」
これが舞の口癖だった。
彼氏になった男性を最初見た時、いかにも普通の男の子で、もちろん彼氏になるなんて想像もつかなかった。だが、次第に気になり始めたのは。本当に普通の男の子だったからだ。
同じ人でも何度も見ていれば、最初の雰囲気から次第に変わってくるものである。しかし彼氏に限って何ヶ月も毎日見ているのに、最初に感じたイメージとまったく変わらなかった。
不思議だった。今までにないことである。
彼の方が、性格を見抜けるほど開放的な性格の持ち主なのか、それとも、舞の方で、他の男性とは最初から違うイメージで見ていたことで、ほとんどわかってしまっていたのかではないだろうか。どちらにしても最初から意識していたことを否定するものではない。
彼と知り合って、口数が増えたのだが、彼氏も何となく舞が気にしていることが分かっていたようだ。
「何かを気にしているようだね?」
「ええ、自分が口にしたことが結構現実になったりして、それが気になっているの」
彼になら何でも話せるような気がしていた。
「それは気にすることはない。大なり小なり、皆あることだよ」
彼の言葉には説得力があるのか、慰めるためのウソかも知れないとも感じたが、勇気付けられたのも事実である。
しかし、却ってそれが疑心暗鬼を呼ぶ。自分に対しての疑心暗鬼で、
――人のいうことを素直に聞いていいのかしら――
元々人のいうことは素直に聞いてきた。そのことが自分を狭い世界に追いやるのではないと感じ、人のいうことを聞く自分があまり好きではなかった。
――自分の発する言葉が、現実のものになったら――
という願望はその時に芽生えたのかも知れない。
しかし、実際に意識し始めると、思ったよりも気持ち悪いものだ。社会の流れ、それよりも自然の摂理を分かっていないのに、勝手に喋った言葉によって、それらが歪められるということに気持ち悪さを感じる。
そのことを彼氏に話すと、
「君が意識することじゃないよ。それが自然であれば、それでいいんだ」
と言ってくれる。実に嬉しいのだが、あまりにも漠然としすぎていて、少し消化不良でもある。彼は彼なりに気を遣って話してくれているのだ。考えてみれば彼のイメージが変わらないのは、こういう漠然としたとらえどころのないところから来ているのかも知れない。
彼には逆らえないような雰囲気を感じていた。人に逆らうことはしたことがないので、そこが気に入ったのかも知れない。
彼は優しかった。優しかったのだが、どこかが違っている。
彼は何も言わなかった。舞も黙って彼についていく。だが、なぜか長続きしないのだ。
相手の方から去っていく。最初はそれがなぜだか分からずに悩んでいた。舞はその間、いつも何かに悩んでいて、それが何かをいつも捜し求めている。
どうやら、それが何かをまわりは分かっているようにも思えた。何かを分かっているのだが、言われたことは何でもするという舞も性格を利用していたに違いない。だが、相手と切磋琢磨しての恋愛であってこそ楽しいもので、あまり会話がなければいずれは飽きられてしまう。それが舞の恋愛だったのだ。
舞は、今まで生きてきた時間について考える。その中で思い出すのが、おじいさんと登った山登り、そしておじさんを迎えに行って出会うことがなかったこと、どちらも舞にとって、
――失った時間の中で、残っている時間――
であった。
虫の知らせのようなものや、出会うはずだったのに出会えなかったという不思議な経験が、何かを探す要因になっていることは間違いない。探し回っている間、臆病になってしまったのか、人から言われたことを素直に聞いて、疑問にも感じなかった。まわりの男性はそんな舞に甘えて、
「こんなに都合のいい女はいないぞ」
とばかりに利用するだけ利用する。
飽きが来ると捨てられる。
――どうして私を捨てるの――
舞にとっては理由が分からない。相手のために尽くしているのに、これ以上、どう尽くせばいいというのだろうか?
きっと舞の中で本当に会いたいと思っている人とは、簡単に会えないような宿命的なものがあるのかも知れないと思った。当たらずとも遠からじであろう。
そういえば、おじさんを迎えに行った時、ちょうど悩み事があり、誰かに相談したかった。両親に相談するものではなく、まったくの赤の他人でも難しい。面識はほとんどないが、おじさんがちょうどよかったのだ。内容としては、今考えると実に他愛もないことだが、両親の考え方についての問題だったので、両親を知っているおじさんにそれとなく聞くのが一番よかったのだ。
結果的には取り越し苦労で、聞く必要はなかったのだが、後から考えれば聞く必要もなかった。却って聞いてしまっていれば、それはそれでちょっとした諍いになっていたかも知れないという懸念もあったのだ。
舞は、悩んでいる中で、無意識に、
――人の気を引きたい――
と思っていた。自分の中には個性があり、それを分かってもらいたいという気持ちがあった。だが、その個性が自分でも何か分からずに、不思議なことの方が前面に出てしまっていた。だからこそ、必死になって、自分の本当の個性を探していたのだ。
舞は、男性と付き合う時、
――自分を捨ててでも――
と思うようになっていた。それが相手の甘えを呼んで、都合よく扱われていることを分かっていてもどうすることもできないでいた。
やっと心底愛し合える人が見つかって、結婚し、三年が経った。捨ててきた人生を取り戻したいと思っている。捨ててきた人生とは、おじいさんの死を感じた時からではないだろうか?
結婚までがあっという間で、これからの人生が長いものにしたい。
いつまでも気分が新婚気分。彼もそうだろう。舞にとって不思議な力だと思っていたことを、それとなく夫に話してみた。
「何も不思議なことじゃないさ。誰にだって似たような経験はある。僕にだってあったことさ」
と言って、話してもらった。
それは、結婚する少し前のことで、ちょうど、舞のことを話そうと親戚の家に出かけた時で、舞とは逆に駅から人の家に向うところだったらしい。その時に迎えに来てくれたのは、姪っ子だった。
「田舎の道でね。やたらセミの声が大きかったのを覚えているよ」
ニコヤカに微笑んでいる声が聞こえたが、その時の夫の顔が一瞬のっぺらぼうのように深い影に覆われていたのだった……。
( 完 )
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次