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短編集50(過去作品)

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 おじさんとは、父親の弟に当たる人で、おじいちゃんと一緒に住んでいるので、二度ほど遊びに行って見かけている。もはや忘れることのないはずの顔だった。
 駅までの道は一本道。ゆっくり歩いても二十分ほどだろう。今でこそ駅前にはマンションなどが立ち並んで、近くには住宅街もできていたが、当時は駅前を少し過ぎれば田園風景の中を歩くような街だった。
 途中、土地の区画整理が行われていて、ちょうど山を切り開いているような感じのところがあった。そのあたりが一番賑わっているところではないだろうか。新興住宅街になることは小学生にでも分かっていた。
 電車の着く時間は母親から聞いていた。さすがにローカル線の田舎駅、電車の本数もそれほどなく、到着時間を目印に駅に行けばよかったのだ。自分の足を目安に出かけたのは、列車の到着する二十分前、ちょうどいいくらいの時間であった。
 それまで時計をすることもなかったのだが、
「これを持っていきなさい」
 と母親は腕時計を貸してくれた。時計は少しダブダブで、女性用なのにダブダブなのは、まだ成長しきっていない小学生であることを舞自身に思い知らせるものでもあった。
「行ってきます」
 元気に家を出て行ったが、母親から返事が返ってこなかったので、奥で洗濯物を干しているようだった。わざわざ裏まで回って声を掛けるのも億劫だったので、そのまま出かけたのだった。
 その日は雲ひとつない真っ青な空だった。まわりに広がる田園風景も、真っ青な空に似合っていて、思わず空を見上げながら歩いたものだった。
――どうせ、一本道だわ。見失うはずないもの――
 しかも車もそれほど走っていない。途中山を切り開いているあたりから、トラックやダンプが走ってくるくらいで、乗用車はさほど通ることはない。
 理由としては、近くにバイパスが開通したからだ。
 田舎とは言いながら、主要な都市を結ぶ最短距離の間に住んでいる街が存在しているため、主要幹線道路を作るならば、この街を避けて通るわけには行かない。それは父親から話を聞いていたので、幹線道路ができた時にも、不思議には思わなかった。
 幹線道路の両脇には工場や倉庫がたくさんできていて、工業団地を形成していた。そのまわりに少しだけ住宅があるくらいで、駅は相変わらず寂れていたのだ。
 ただ、街が発展する要素だけはあるようで、その先駆けが住宅街建設であったのだ。
 おじさんを迎えに行ったのは昼下がりだった。その日は午前中、天気が悪いという予報だったので、母親も洗濯の時間が遅れてしまったのだが、午後からは天気が回復するということだった。
 それにしても、ここまで綺麗に回復するとは思わなかった。午前中は少しだけ雨が降っていたが、雨が降り始めたと思っていたら、気がついたら止んでいた。舗装もされていないような道を少しだけ歩いてきたが、途中で水溜りもあった。しかし、アスファルトの道に出てくる頃には、地面が濡れているわけではなかった。
――結構、乾きが早いみたいだわ――
 と思ったが、気のせいでもあるまい。
 駅までは東に向かって歩いているのを、今さらながらに分かる。太陽を背に受けて足元から影が伸びていた。まだ昼を過ぎて間がないので、影はそれほど長くないが、それだけに歪な恰好をしている影を意識しないでもなかった。最初は空を見上げていて、途中からは、足元が気になりだしていた。歩いていて、なかなか正面を向くことなどなかったのである。
 五分近く経っても、誰ともすれ違わなかった。
――おかしいな――
 あまりにも誰ともすれ違わないと気持ち悪いものである。しかも車もあまり通っていない。この道は途中までは毎日歩いている道だった。学校への通学路でもあったからだ。
 考えてみれば通学時間であれば、嫌でも友達がたくさん歩いている。通勤に歩いているサラリーマンだって見かけることがあった。
 しかし、その時はちょうど夏休みであった。夏休みともなれば暑い中を、ちょうど一番暑い時間帯でもあるのに、そう歩いている人もいないだろう。それくらいは分かっているつもりだったが、それでも少し不思議だった。
 住宅街の工事中のあたりまで近づいてくると、今度は正面を向いて歩くようになる。
 さすがに暑さのためか、髪の毛が熱くなっていて、頭にも暑さを感じてくる。額から流れる汗を気にするようにあるいていたが、正面を見て歩いていても、疲れが蓄積してくるのを感じた。
 頭がボーっとしているのが分かる。舗装されている道なので、遠くを見ていると、さすがに午前中に降った雨の水蒸気が立ち昇っているのが見えてきた。
 蜃気楼のように遠くに水溜りが見えた。そこから水蒸気が上がっているのだろう。見えた水溜りが気になってしまい、そのあたりに来るまで、視線を逸らすことができないであろう。
 ゆっくり歩いているつもりだったが、水溜りのあるあたりまで、あっという間についていた。
 しかし、水溜りはどこかに消えていた。おかしいと思い、さらに前を見ると、先ほど感じたのと同じくらいの距離の場所に、また水溜りを発見した。
――逃げ水って聞いたことがあるけど、こんな感じのことを言うのかしら――
 と不思議な感覚に見舞われた。
 思わず後ろを振り返ると、一直線の道をかなり歩いてきたのだろう。森が遠くに見えた。
 森は、自分の家があるあたりである。まだ半分くらいしか歩いてきていないと思ったが、それも間違いではない。
――そういえば、この道を歩いていて、後ろを振り返ったことなんてなかったわね――
 後ろを意識したことがないと言った方が正解であろう。道を歩いていて後ろを振り返るのは車が横を通り過ぎて、砂埃を上げている時くらいしか今までにはなかった。後ろを振り返って遠くに走り去っている車を見た時、
――振り返る時間もかなり掛かっているんじゃないだろうか――
 そんなことをいちいち考えてしまうのは、急いで振り返っているつもりではあったからだろう。
 後ろを振り返ると、一瞬、どちらに向って歩いているのか分からなくなることがある。だが、その時はさらに自分がどこにいるのかすら分からなくなっていた。少しの間だけだが、そんなことを感じるのは、その時が初めてではなかった。
 舞の家は木造で、天井には木目がある。
 夜寝る時に眠れない時があるが、その時は次第に暗闇に目が慣れてきて、木目をはっきりと感じることができる。
 木目を見つめていると、遠近感が微妙に取れなくなり、遠近感が取れないと、必死で見つめている。気がつけばさらに目が冴えてしまっているが、目が疲れているのも事実で、いつの間にか眠ってしまっている。
 向く目を見つめている時、
――天井が落ちてきたらどうしよう――
 という気持ちになってしまう。その時の遠近感が取れなかった感覚を思い出しているのだった。
 いよいよ駅が近づいてくる。
 曲がる角が駅までは二つあるだけだった。
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次