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短編集50(過去作品)

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すれ違い



                 すれ違い


 舞が結婚したのは、三年前になる。この三年間が短かったか長かったかと聞かれれば、
「長かったかも知れない」
 と答えるであろう。
 旦那に聞けば、
「いやいや、あっという間だったよ」
 という答えが返ってきそうな気がしたのは、それだけ舞が旦那をずっと見続けていて、旦那も舞を見続けてくれていると信じて疑わなかったからだ。
 おしどり夫婦というのは、自分たちのことをいうのだろうと思っていた。
 結婚してから三年というと、もはや新婚ではない。だが、舞は新婚気分だった。といっても、最初からアツアツカップルだったかというと、そんなことはない。どちらかというと、冷静な夫婦だっただろう。
 夫が出勤する時、玄関先にひざまずいたかと思うと、三つ指ついて、
「いってらっしゃい」
 というと、靴べらを渡された妻が、靴べらを直すのに立ち上がったかと思うと、夫の背にあわせるかのように、微妙な背伸びをして唇を重ねる。
 そんな光景をドラマなどでよく見るが、そんなことは決してしないだろうと思っていた二人だった。
「あんなこと、恥ずかしくてできないわ。今時、あんなことをする新婚夫婦なんているのかしら」
 と思っているほどだった。
 一年足らずの交際期間を経て結婚した舞は、夫への不満はなかった。結婚するまでに描いていた計画通りに進んでいることが、舞を不安にさせる要素を失くしていたのかも知れない。
 交際期間の一年というのも計算のうち、あまり短いと相手が分からないし、長すぎると長すぎた春になりかねない。一年くらいが相手を知るにはちょうどいい。
 仕事も安定していて、姑も悪い人ではない。夫の会社が全国にあるので、転勤だけは覚悟しないといけないが、それも最初から考えていたことだった。
 むしろ、結婚を考える時点で、さまざまな事例を頭に浮かべていたはずだった。想定できることはほとんど想定して、その中で優先順位をつけてきた。
――後悔なんてしたくないわ――
 という思いが強かった。
 舞には不思議な能力があった。能力と言っても、本人が不思議だと思っているだけで、他の人に言うと、
「そんなの気のせいさ」
 と言われるだけだろう。夫にも話していない、特に夫には恥ずかしくて話せるはずなどないと思っているからだ。
 自分が言ったことが現実になることが多いのだが、これは予知能力と違い、舞の中には予言しているという意識はない。予知能力であれば、人の幸不幸が分かるので、不幸に見舞われそうな人には注意ができるが、舞の場合にはそうも行かない。
 もし予知能力があればどうなっているだろうと考えることもあった。
 それも自分に対しての予知ではなく、人に対してだけの予知だったら……。
 これは実に都合のいい解釈である。
 自分に対しての予知など、怖くてできるものではない。
「明日、必ず幸福になる」
 という喜びと、
「明日、必ずお前は死ぬ」
 と言われることを比較してみれば分かるだろう。死の宣告は何者にも耐え難いものであって、幸福は先の楽しみにしておけばいいからだ。予知能力があるということは便利かも知れないが、このような自分が想像もしていないような結果を招くことだってある。下手に予知してしまって、それから先に起こることを変えてしまわないとも限らないからだ。
 だが、舞の場合は、自分が感じたことが先になって起こるというだけのことだった。
 それがいいことなのか悪いことなのか、分からない。ただ、人よりも先に予感があるのだ。
 人は「虫の知らせ」というかも知れない、確かに「虫の知らせ」に近いものはあるが、また少し違っている。
 虫の知らせというのは、何かが起こる寸前のことが多いだろう。前日だったり、当日でも数時間違いだったり、人が死ぬ時はその瞬間だったりもする。
 しかし、舞の場合はいつ起こることなのかまったく分からない。後から起こったことに対して、
――以前に予感したような気がする――
 虫の知らせというよりも最初に感じるのはデジャブーであった。
 デジャブーは現在見ている光景を、以前にも見たかも知れないと思うことで、誰にでもあるものだと言われている。過去からみれば、これも予知能力の一つではないだろうか。未来に見ることを無意識に感じているから、未来になって見た時に、
――以前にも見たような――
 という気持ちになるのかも知れない。
 人に話しては決していけないものだという意識が舞の中にあり、それがトラウマとなっていた。
 この不思議な能力に気付いたのはいつだっただろう? 虫の知らせという言葉を知る前だったと思うので、小学生だったのは間違いない。
 小学四年生の時におじいちゃんが死んだ。小学生になった頃から毎年夏休みになるとおじいちゃんのところに遊びに行くのが楽しみだったのは、近くにあった山に、おじいさんが一緒に登ってくれたからだった。
 海よりも山が好きになったのは、その時におじいちゃんが一緒に登ってくれたからだろう。
 おじいちゃんは山登りが好きだった。
「これがわしの健康の元じゃからな」
 と言っていたが、まさしくそのとおりだろう。
「一緒に登ってあげなさい」
 と母親からも言われたが、舞からすれば、おじいちゃんが一緒に登ってくれているのだと思っていた。同じことはおじいちゃんも思っていただろう。
「女の子のくせに山登りなんて」
 と父親は口にしていたが、
「女の子でも活発な方がいいのよ」
 と母親は山登りには賛成してくれた。学生時代、水泳の選手だったという母親らしい意見である。
 夏休みの間、一ヶ月は田舎にいた。その間の半分くらいは、朝山登りをしたものだ。山登りといっても、女の子ということもあって、往復二時間くらいのもので、
「本当はもう少し上の方まで登るんだけど、舞ちゃんがもう少し大きくなったら、おじいちゃんがいつも登っているあたりまで登ってみようね」
 と言われて、
「はい」
 と答えていたが、気持ちの中で何となく釈然としないものがあったことを認めざるおえないだろう。
――何かしら、この変な気持ちは――
 舌先が痺れてくるような気がしていた。そして雨が降る寸前のようなセメントの匂いが鼻を突いたのである。この感覚をどう他に表現していいのか分からないが、とにかく妙な気持ちだった。
 休みも終わりに近づいて、家に帰ってきてからも、午前中に同じような思いがしていた。その時間はまさしくいつもおじいちゃんと山に登っていた時間で、不吉な予感ではないかと思い始めた頃のことだった。
「おじいちゃんが、亡くなったらしいわよ」
 母親が、父親の会社に電話しているのを聞いた。父親は仕事が終わってから夜にでも駆けつけるらしい。
「おじいちゃんが亡くなったので、お母さんは田舎に行ってくるわね。舞はお留守番できるかしら?」
「ええ、大丈夫よ。でもおじいちゃん、この間まであれだけ元気だったのに、どうしてなの?」
 母親は慌ててはいたが、それほど悲しそうな顔ではない。そこがどうしても舞には信じられなかった。
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次