短編集50(過去作品)
本能の赴くままに、そして彼女の激しさを増す吐息を感じながら、自然な高ぶりを感じていく土屋、彼女の身体から、かすかな鉄分を含んだ匂いを感じた。
どのあたりから感じ始めたのか、自分でも分からない。匂いを感じていると、気が遠くなっていくように思え、最後は彼女の歓喜の声が、糸を引くように暗闇に消えていった。
身体が重くなってくる。それとは反対に女は身体が軽くなったのか、服を着ている様子が見える。
「ありがとう、あなたもこれでやっと自分の存在を確固なものにしたのよ」
と微笑みながらそれだけを言うと、小屋から出て行った。瞼を開けてられなくなった土屋の意識は、次第に薄れていく。
目を覚ましたその場所は、森の出口だった。
そこは女と出会った小屋のある森ではなく、すすきの穂が生え揃っている高原に抜ける最初の森であった。
「夢だったのかな?」
何事もなかったように、すすきの穂は揺れている。
だが、明らかに最初に見たすすきの穂とは違っていた。どれもが生き生きとしていて、すすきの穂の誕生を思わせる。生命の息吹きは、その誕生に思いを馳せることで、生き生きとして感じることを今さらながらに思い知った気がした。
――生物の誕生――
存在は誕生なくしてありえない。彼女が最後に語った言葉が耳に残っている。人類の成長とともに何事もなかったかのように存在しているすすきの穂、いつの時代にもこの光景は変わっていないことだろう。
それから土屋の頭の中から決して消えることのないすすきの穂の光景。誰に話すこともなく、一人で納得できる光景である。
自分の未来は自分で切り開く。彼女の中に感じた血の匂い、それはこれから始まるであろう自分の未来を、もう一度自らが作る世界である。
ひょっとして、他の人にも同じような経験があって、誰も話してはいけないタブーになっているのだろうか?
ただ、土屋にとっては、阿蘇の高原という場所が、自分の存在の原点であり、この場所には見えない力に誘われてやってきたという思いが募っている。
――すすきの穂――
それは人間一人一人が頭の中に抱いている光景なのかも知れない……。
( 完 )
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次