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短編集50(過去作品)

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 だが、考えてみればこれから熊本に入れば、帰りはラッシュの時間である。下手に動けば却ってイライラしてしまいそうで嫌だった。
 とりあえず南阿蘇を満喫したかった。宿も南阿蘇なので、ちょうどいいかも知れない。
 まずは阿蘇山の俵山方面に下りることを考えた。来た道とは若干違う道を通り、降りてくることになる。同じ道でなくとも、登ってきた道に近いところなので、最初に感じた大自然を逆に見ることができることを喜んだ。
 俵山というところ、実はハングライダーをする人のメッカであるらしい。山の上には、風力発電をするための大きなプロペラが点在していて、まるで外国に来たかのような錯覚を与えた。
 阿蘇山の大自然自体、今まで見てきた観光地では考えられない壮大さがあった。
――本当に日本なのか――
 と思わせるほどである。無数に広がる風力発電のプロペラを目指して、しばらく車を走らせていた。
 すると、高原を越えてからトンネルをいくつか抜け、そのまま走っていると次第に下り坂になっていく。
 大パノラマを眼科に見下ろし、疲れなど感じないつもりで走っていたが、下界に下りてくると、思ったよりも疲れが溜まっていたことに気付いた。
 まず、目の疲れを感じてきた。そして、アクセルを踏む足が重たくなってきている。正面だけに変わり映えのしない景色が広がっていて、視界が次第に狭まってくるのを感じていた。
 途中に少し入り込むところがあった。休憩するにはちょうどいいかも知れない。車一台がやっと通れるようなところで、入り込んでみると、数台の車を止めれるスペースがあった。
 車は一台もなく、きっと皆ここまでくると下界まで一気に降りていくに違いない。ある意味穴場のスポットではないのだろうか。
 今まで高原ばかりを走っていて、壮大な景色ばかりを目の当たりにしてきたが、そこは少しおもむきが違っていた。目の前に広がっているのは、緑が深まった森である。
――涼しそうだな――
 まず第一印象がそれだった。
 見ていると、不思議なことに、「G線上のアリア」のメロディが耳鳴りのように聞こえてきた。まるで日本ではないかのような錯覚に陥ったとすれば、「G線上のアリア」が聞こえてきたからだろう。
 まず、車を下りて、思い切り背伸びをした。あくびが思わず出てきて、涙が溢れてくる。涙で溢れた目で森を見ると、疲れているにも関わらず、実に鮮明に見える。あまり視力のいい方ではなく、メガネを掛けている土屋は、涙で溢れた目で前を見ると、視力が戻ったように思えてくることは過去にも何度かあった。
 背伸びをして大きく深呼吸をすると、咳き込んでいた。思ったよりも空気が濃く、それで空気を吸い込んだ時に咽てしまったのだろう。
「空気がおいしいな」
 声に出してみると、今度は、声が少し篭っている感じがした。
 エコーが掛かっている。
 肌寒さの中で掛かっているエコーを聞いていると、少しずつもやが掛かっていることに気付いた。もやの中を少し歩いてみると、やはり少し足取りが重たい。それが疲れからくるものなのか、それとも空気の重たさが感じさせるものなのか、どちらも影響しているように思えてならなかった。
 駐車場の前に立って森の緑を見続けている。少しして視線を逸らし他を見ると、赤みを帯びた風景を感じた。
 最初から分かっていて、まわりがどのような赤みを帯びた光景になるかを観察してみたかった。
 想像していたよりも赤色が濃く感じられた。しかもその瞬間に、鉄分を含んだような匂いがあった。
――どこかで感じた匂いだ――
 と感じたのが早いか、その瞬間に、森へと歩き始めた。
 森に入ると、道はなく、湿気た土が足に絡み付いてくるようだった。足取りが重たくなるのも当然で、歩きながら、
「どっこいしょ」
 と、無意識に言葉を発しているのを感じると、滑稽だった。
 寝ていて、自分のイビキで目が覚めることがある。まるでその時の感覚のようだ。我に返ってしまったというべきであろうか。それにしても歩いても歩いても森を抜けないような気がしてならない。
 日差しが時折差し込んでくる。
 道なき道を歩くのだから、当然足元を見て歩くことになる。
「グジュグジュ」
 ぬかるんでいる足元から音が聞こえる。日差しが当たっている場所は、日に当たって光っているが、普通の土が濡れているのではなく、粘土質の上に水が溜まっているようだった。
――これだと、ずっと水が溜まったままだわな――
 ほとんど太陽が当たることはないだろう。今光っているところでも、微妙にずれてきている、同じところをずっと照らしていることがないので、太陽の熱の恩恵を受けることはまずないに違いない。
 あまり感触としてはいいものではない。しかも運動靴とはいえ、裏は滑り止めのなっているので、粘土質の土がこびりついているに違いない。きっと戻ってから渇き始めると、靴を置いた場所には泥が溜まっていくことだろう。
――車の中だよな――
 森に入ってしまったことへの軽い後悔が襲ってきたが、一旦踏み入れてしまったのだから、もう後戻りはしない。足についた土が残るのは必然のことであったからだ。
 森に入ってから巨巨路はしていないが、気になるのは上と下。足元は当然のことながら、木々の間から時折差し込んでくる日の光を意識せざるおえないほど、痛みのようなものを感じていた。
 日差しが強いと痛みを感じるものらしい。
 それは海水浴場などで、日に焼けたりした身体が感じるものとはまた違っている。
 この森の中では、それほどきつい光ではないのだが、湿気があるために、そう感じるのかも知れない。
 痛みはヒリヒリするものではなく、ズキズキするものだった。頭の上から差し込んでくる光、木々の間をぬって時折差し込んでくる光が痛みを誘発していた。
 元々、頭痛持ちの土屋である。時々起こる頭痛と酷似している感覚であった。じわじわと襲ってくる痛みに、どこまできつくなるかというのが事前に分かっている。その時は痛みのピークがあっても、それほど耐えられないほどの痛みになるということは想像もしていない。
 なるほど、確かに痛みを感じていたが、じわじわくるもので、どれほどの痛みなのか実感が薄れてきた。気がつけば痛みも治まっていて、気がついたのが、森を抜けてからだった。
 森を抜けるまでにどれほどの時間が掛かったか分からない。距離と時間の感覚が半分麻痺していたようだが、距離だけは、時間で感じるよりも短かったように思えてならなかった。
 森というトンネルは、薄暗がりではあったが、決して暗黒ではない。この後どんなに明るい世界が広がっていようとも、眩しいと感じるならば、最初の一瞬だけであろう。その予感は的中した。
――眩しい――
 咄嗟に手の平で庇を作ったが、森を抜きた瞬間に感じた眩しさがどこから来るものなのか分からなかった。
 目の前に広がっている光景、今までが緑だったことを思うと、赤が支配する場所であるはずである。赤であっても少し黒が混ざったような赤であり、最初に入ってくる前に感じた「あの色」に違いない。
 果たして予感は的中した。
作品名:短編集50(過去作品) 作家名:森本晃次