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三年目の同窓会

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 他の人を巻き込むことはなかったが、絵日記のイメージを勝手に引きづっていて、書き始めた日記を途中で投げ出すようになったのは、実に後味の悪さだけが残る結果になってしまっていたのだ。
 日記をつけなくなって、すぐくらいは、
「つけなくていいというのは、気楽なものだ」
 と思っていたのだが、途中から、気持ち悪くなっていった。
 毎日のリズムの一角が崩れたわけで、しかも、毎日を自己満足のためだけだったとはいえ、継続していたことである。継続が止まることで、他への精神的な影響がありそうで、川崎にとって、どう毎日を納得させようか、悩むところであった。
 他の何かのリズムを組み込むのが一番手っ取り早いのだろうが、何をしていいのか分からない。
――もう一度、日記をつけようか?
 一度継続を解いてしまったものを、またすぐに始めることは難しかった。今度もまた何かの口実を作り、自分を納得させなければ、日記を書くことは難しい。何よりも過去につけていたものの継続がいかなる意味があったのかという答えも見つかっていない状態である。そんな中でまた継続させられる自信が、どこにあるというのだろう?
 日記に書かれていた内容としては、ここ三か月ほど、会社の近くにあるスナックに、仕事が終わってから、通っているということだった。その店にいる「小春」という名前の女の子のことが彼の日記には何度も出てくる。気になっているようなのだが、好きだということは書いていない。どちらかというと、同情的な内容だった。
 日記とはいえ、詳しい内容までは書かれていない。プライベートな内容になるからであろうが、見られたくない部分も多分にあるはずだ。
 川崎が考えるに、その部分の中には自分の気持ちが含まれているからではないだろうか。見られて恥かしいという部分と、相手への気持ちを悟られたくない部分が交差しているからなのだと思うのだ。
 坂出は、会社を三か月前に辞めていた。その後くらいから家にも帰らなくなり、姿を消したのだという。最初は、坂出も大人なのだからと、あまり心配していなかったが、気になり始めるとどんどん気になってくるようで、嫌な予感がし始めた頃から、日記や兄の身の回りのものを確認し始めたという。
「あまり気にしすぎると、嫌な予感が的中しそうで嫌だったんですけど、いざという時のためにと思って、やはり日記などをチェックしてしまっていました。今では、そのことを後悔しているくらいです」
「そんなに気にすることではない、亜由子ちゃんが悪いわけではないと思うよ。遅かれ早かれ、日記の確認は必要なんだよ。亜由子ちゃんが気にしているのは、タブーを破ったんじゃないかってことでしょう?」
「ええ、そうなんです。どうしても、私が余計なことをしてしまったんじゃないかって思えてならないんです。きっと私の性格なんでしょうね」
「それは仕方がないことさ、あまり自分を責めるもんじゃないよ」
 もっと違った慰め方があるのかも知れないが、必要以上の慰め方はしない方がいいと思った。亜由子のような性格の女の子は中途半端に慰めると、余計に自己嫌悪に陥る道に入りやすくしてしまうのではないかと思えるのだった。
 亜由子は、自己嫌悪に陥る寸前で、何とかとどまっていたが、川崎が考えているよりも、少し深いところに、亜由子はいるようだった。
 顔色は明らかに最初に会った時と違っていた。最初に会ってから二週間が経ったが、その間に亜由子に何かがあったのだろうか?
 何があったのか聞き出したい気持ちではあったが、聞き出すには、難しい雰囲気が漂っている。下手に聞いてしまって責めるような感じになってしまっては、せっかくこれから坂出を探そうとする意志すら、砕いてしまうのではないかと思えるほどだった。
「ごめんなさい、私少し疲れているようなんです」
 その日は、あまり亜由子から聞き出すことをしてはいけないと思い、
「じゃあ、送って行ってあげようね」
 と言って、喫茶店の席を立とうとした時に、亜由子が川崎を見つめる目が上目遣いで、さらに虚ろな表情の中に、何を考えているのか分からない雰囲気があった。
――夢うつつを彷徨っているような雰囲気だ――
 と感じられ、まだ、少女だと思っていた亜由子に、女を感じてしまった自分がいることに気が付いた。
 立ちあがる時に、よろけた彼女を抱き起し、
「大丈夫かい?」
 と、声を掛けると、
「ええ、大丈夫です」
 と答える。
 目の下にクマができているのが見えるが、どうやら、ここ最近、あまり寝ていないのではないかと思えるほどだった。
「私、最近、夕方くらいになると、目の前の光景が、黄色掛かって見えてくるんです」
「……」
 川崎には、それを聞いた時、亜由子が躁鬱症の鬱状態に陥っていることを悟った。この感覚は川崎にもあり、最近ではあまり感じていなかったが、黄色掛かって見える感覚が、まるで昨日のことのように思い出されるのだった。
 亜由子は、自分が躁鬱症であることを自覚しているのかどうか分からないが、敢えて教える必要はないと思った。躁鬱症に陥っている時、他人から躁鬱症であることに触れられるのは、嫌なことだったからだ。
 足が攣ったりした時、まわりから心配されると、却って痛みが増すことがある。それと同じで、川崎は、亜由子にはなるべく黙っていて、自分が悟っていることを知られないような努力をしようと考えていた。
 決して簡単なことではない。なぜなら、自分も同じ躁鬱症だからである。
 躁鬱症というのは、躁状態と鬱状態が周期的にやってくる状況だ。他の人は分からないが、川崎はそう思っていた。
 ということは、それぞれが一回で終わらないことを意味する。川崎の場合は、二、三回は繰り返していた。
 どちらが先にやってくるかというと、まず最初に陥るのは鬱状態だった。
 鬱状態も躁状態も入り込む時は前兆があり、分かるのだ。前兆がなければ、最初から躁鬱症だと思うことはなく、下手をすると、鬱状態から抜けることができなくなってしまうのではないかと思うほどだった。
「目の前に見えているものが、黄色掛かって見える」
 亜由子は確かにそう言った。それはまさしく川崎が鬱状態への入り口を自覚する瞬間ではないか。
 昼下がりから夕方に掛けて、西日が眩しい時間帯になると、急に気だるさを感じる時間帯がある。それは夕日を意識しなければ、普段は気だるさなど感じることはないのだが、鬱状態に陥る時は、夕日を意識しなくとも、気だるさを感じるのである。
 ただ、夕日を意識していない時に、鬱状態に陥ることはない。
「夕日を浴びて、気だるさを感じる時」
 その時が、鬱状態への入り口になるのだ。
「だったら、夕日を浴びないようにすればいい」
 と、簡単に言う人もいるかも知れないが、鬱状態への入り口が顔を出した瞬間から、自分の中での鬱状態は確定しているのだ。いくら避けたとしても、時間を先に延ばすことができるだけで、却って延ばした分、精神的に辛さが蓄積されることで、避けて通れない道であるなら、いかに辛さを軽減できるかだけがカギになるのである。
 陥った鬱状態には、鬱状態独特の見え方がある。一番序実に感じるのは、昼と夜の違いである。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次