三年目の同窓会
しかも、かなり辛い目に遭ったのだろう。坂出という男が頭を抱える姿など想像するだけでゾッとする。それだけ大変なことであり、もし自分に訪れたらどうなるというのだろうか、ただ、坂出の普通の人間だったのだと思ったのだが、そう思ったということは、知らず知らずに自分の中で坂出との格差を感じていたのだった。
それが、川崎のコンプレックスにもなっていた。心の中で、
――いつかは、坂出よりも目立ってやる――
と思いながらも、絶対に無理だと言い聞かせようとする、もう一人の自分がいることにも気づかされるのだった。
とにかく、坂出の中で亜由子という妹の存在は、ウイークポイントであり、ただ、そこを攻撃することは、まるで自分で自分の首を絞めているような感覚に陥ってしまうのは、何とも言えない気持ちにさせられるのだった。
川崎も、ある時期を境に、坂出と亜由子の兄妹から遠ざかったことがあった。
遠ざからなければいけない理由があったのだが、そのことを亜由子は自覚していない。欠落した時間の中に、そのことも含まれているのかも知れないが、しばらくは、亜由子に対しても、坂出に対しても、顔を見るだけで、逃げ出したくなる気分になっていたのだ。
逃げ出したくなるような心境など、今までで初めてだった、しかも、一番仲がいい二人だったはずなのに、自分の心の中の葛藤が、川崎を次第に追いつめていく。
感じたのは、躁鬱症に入りかかっているのではないかということであった。躁鬱症には、中学の時に掛かったことがあった。それほど長く掛かったわけではなく、気が付けば通り抜けていたので、それ以降思い出すこともなく、坂出兄妹との諍いで躁鬱症に気付くまで、以前に掛かったことがあったことすら忘れてしまっていた。
川崎は、自分がいろいろなタイプの女性を好きになることが多かったのを思い出していた。
最初は、直子のような大人しい女性が好きで、いつか声を掛けようと思っていると、気が付けば、譲のものになっていた。直子を好きになった理由は、彼女が従順で、性格的に逆らえないタイプだと思ったからだ。それを実証したのは、自分ではなく、譲だった。
譲は見事に、川崎の想像していた直子を引き出した。想像以上だと言ってもいい。
そんな直子を、譲はあっという間に振ってしまった。本当は、あっという間ではなかっただだろうが、川崎にはあっという間に思えた。
川崎が最初にまともに女性と付き合ったとすれば、それは、同窓会メンバー以外の女性と付き合った時だった。どうしても、メンバーの中だと思うと遠慮してしまうのか、付き合ったとしても、長続きしない気がしたのだ。
だが、逆に、誰にも言わずに、密かに女性と付き合うことは、川崎にはできなかった。どうしても、彼女ができたら自慢したくなるのが、川崎の性格であった。
本当は、次に好きになったのは。美穂だった。
美穂には坂出がいると思っている。坂出と美穂では、誰が見てもお似合いで、川崎自身、自分などが、太刀打ちできる相手ではない。もし、太刀打ちしようと思うなら、それは玉砕覚悟、二度の同窓会メンバーには復帰はできないし、さらには、どこかのグループに参加するなど、できないことだろう。それほど、同窓会メンバーには、川崎の思い入れは大きいものがあるのだった。
川崎は、恵子には目が行かなかった。恵子は、綺麗で、清楚で、完全に高嶺の花だった。だが、川崎の目には、それ以上に、性格の強さが見て取れた。
――俺では、とても相手などできるはずもない――
という思いが強く、最初から眼中になかったのは、恵子だけだったのだ。
どうしても、目は美穂に向いてしまう。美穂に向けば、逸らそうとしても逸らすことのできない坂出の顔が浮かんでくるが、よく見てみると、坂出は美穂に対して、何も感じていないようだった。
――何だ、それは――
必死に忘れようとしていた美穂には、坂出がいると思っていた。確かに見えただけに、まったく感情を抱いていないことに気付くと、腹が立ってくる。
「俺の今までの時間を返してくれ」
と、でも言いたいのか、言えずにいると、今度は自分が情けなくなってくる。
川崎は、美穂を見ていると、どこか寂しそうに見えた。その表情がなければ、坂出の本心は分からなかったかも知れない。
だが、実際、美穂が寂しそうな表情をしたのは、川崎が思っていたような、坂出が見向きもしてくれないことへの寂しさからではなかった。そのことを知らない川崎は、自分に腹を立てた。誤解であっても、自分の中の仮想敵が、次第に坂出となって表れてくる。
考えてみれば、自分が坂出の下にいる必要はないのだ。最初は自信がなかったがリーダー的なこともできなくもないと思えば、自分がリーダーであったとしても、一向に構わないことである。
川崎の怒りの矛先は完全に、坂出だった。それは高校を卒業してからも変わらなかった。一度、高校を卒業してから、坂出と、亜由子が仲良く歩いているのを見かけた時、愕然とした。
同窓会メンバーの前で見せる笑顔に比べて、何十倍も楽しそうな顔をしているではないか。
――これが坂出の本当の顔だったんだ。こんな表情、同窓会メンバーと一緒にいる時、見たこともなかった――
と、思うと、坂出が分からなくなった。そして、忘れかけていた怒りが、さらに強くなってきたのだ。
復讐という言葉はおかしいだろう。勝手に川崎に怒りがあるだけで、坂出から何ら迷惑を掛けられたわけではない。それだけに、振り上げた鉈を振り下ろす機会がないことへの苛立ちが募ってくるのだった。
――復讐ではないとすれば、何になるのだ?
復讐というのは、こみ上げてくるものに対して、明らかに標的があり、大義名分を備えていることで、復讐が終わった後に、自分を納得させられるのだ。そうでなければ、ただの狂人と言われても仕方がないからだ。
昔から川崎は、謂れのない怒りを多く持っていた。
川崎は覚えていないが、恵に対しても、同じ怒りを覚えたことがあった。もちろん、恵も覚えていないだろう。恵が同窓会メンバーと関係があったというのは、ただの偶然だったのだろうか。
川崎は、自分の今の気持ちをどう表現していいか分からない。なぜここにいて、そばにいるのか、こともあろうに、亜由子であるかということをである。
亜由子は、川崎と一緒に旅をすることを自分から望んだ。何か曰くがあるのだろうか?
川崎しか頼る相手がいないというのは事実であろう。
ひょっとすると、亜由子は、坂出がいなくなった本当の理由を、川崎が知っていると思ったのだろうか?
「亜由子は、勘が鋭いからな」
と、坂出が以前言っていた。もし、そうだとするならば、坂出がいなくなった理由の中に、川崎がいることになる。
川崎には心当たりなどない。あるはずがない。もし、あったとしても、坂出が姿をくらますという行動に出る必要性がどこにあるというのだろう? 川崎の意識の外に、坂出の中に何か行方をくらまさなければいけない重要なことがあるということなのだろうか。
確かに、坂出も川崎も気分転換に旅行に出ることはあるが、川崎の場合、何かあって旅に出ても、すぐに帰ってくることが多かった。