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三年目の同窓会

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 何が罪の意識なのか、川崎は感覚がマヒしている。罪の意識でいえば、自分よりも坂出の方が強いのではないだろうか? 考えてみれば、欠落できる神経を持っていることが、川崎には羨ましかった。
 そういう意味では、坂出に対しての罪の意識はない。今、こうやって亜由子と坂出を探しているのも、罪の意識からだとすれば、それは坂出に対してではなく、亜由子に対してだ。事情を知っている人が見れば、川崎が取っている行動は不可解であって、誰も知る人がいないからできる行動でもあった。
――ただ、あのママの表情は――
 海千山千のスナックのママだからといって、火のないところから煙を出すなどという芸当ができるはずがない。何かを知っていて、しかも川崎の中から、それを裏付ける何かが湧き出していたのかも知れない。聖人君子でもないのだから、それも仕方のないことではないだろうか。
 坂出の故郷を訪ねてみたいと言い出したのは、亜由子だった。その考えを与えたのは、川崎だったのだが、ふと口に出したのが、
「原点は何だったんだろう?」
 という言葉だった。
――この俺に罪に意識?
 初めて感じたのが、その時だった。
 よく考えてみれば、そんなことを口にできる立場ではないのだ。まったくの無意識だったとしか思えない。完全に墓穴を掘ったとしか思えないのだ。
 墓穴を掘ったという意識も、これまたなかった。
――しまった――
 とは思ったが、それだけで、何が分かるというのだろう。だが、亜由子がその後に口にした言葉に、さらに驚愕を覚えた。
――これで、亜由子とはしばらく離れられなくなってしまった――
 と感じたのだ。
 亜由子が口走った言葉、
「お兄ちゃんの生まれ故郷に行ってみたい」
 と言ったことだった。
 川崎にとっては、戦慄の思いだった。原点、つまり、生まれ故郷。それは、秘密にしていなければいけないと、坂出がずっと自分の中で温めていた大きな秘密を、一番知られたくないと思っている人が知りたいと言ったからだ。それがひいては自分の運命をも狂わすのではないかと思うと、川崎は驚愕は、次第に現実味を帯びてくるのだった。
 坂出の故郷は、海に面した田舎町であった。入り江のようになったところは、漁村としては、船着き場にはもってこいで、少し行くと裏には、小高い山もある。閉鎖的であるが、自給自足でもやっていけないわけではないような雰囲気もあった。
 山までの間には農家が広がっていた。見た目は静かな平和な場所だった。
「今でも、こんなところがあるんだ」
 と、思うほどのところで、まるでタイムスリップしたかのようだった。
「何となく、懐かしい気がするな」
 と、川崎が言えば、
「私には、まったく記憶のない場所みたい」
 と、亜由子が言う。
 本当であれば、亜由子はここで生まれて、しばらくはここにいたはずである。それなのに、まったく覚えがないというのは、やはり亜由子の中に、記憶を欠落させやすい何かがあるのではないだろうか。
 川崎にとって、ここは懐かしさが伴うのは、自分が生まれたところもこんな感じではなかったかという思いがあったからだ。
 確かに川崎も幼少の時代の記憶は全くと言っていいほどにない。亜由子がまったく覚えていないというのも分かる気がする。
 亜由子は、街に入っていって、散策を始めた。川崎は、亜由子の後を追いかけて、亜由子が取る行動を後ろから見ているだけだった。
 不思議なことに、ここの住人に、坂出の家のことを聞くと、ほとんどの人は覚えていて、坂出のことも覚えていた。ただ、
「大人しい男の子だったよ」
 という人、
「いやいや、活発でガキ大将の素質を持った男の子だったよ」
 という人もいれば、さらには、
「女の子っぽい感じを受けることがあったね。おしとやかというか、遠くから見れば、絶対に女の子にしか見えなかったよ」
 という人もいる。人それぞれで、要するに掴みどころのない少年だったようだ。
 さらに、亜由子は自分のことを聞いてみる。
「亜由子? そんな娘いたっけ?」
「いや、覚えがないな」
 誰一人として、亜由子の存在を知っている人はいなかった。ただ、坂出がいろいろな性格を持っていて、人によって出す態度が違い、まるで女の子のような様相も呈していたということは、分かったのだ。
 それにしても、誰も知らないというのは、おかしなものだ。
 だが、それも川崎だけが知っている事実と照らし合わせれば、分からないことでもない。
――本当は、坂出も亜由子の知っているはずの事実。そして、それを知ったがために二人に欠落した時間という共通の過去が存在することになったのも皮肉なことかも知れない――
 川崎の思いは、
――その事実を知っているのは、今、本当に俺だけなのだろうか?
 というものだ。
 知る機会があるとすれば、スナックのママであり、鍋島由美子であっただろう。亜由子には本当に皆無といっていいほど、友達がいない。子供の頃から友達を寄せ付けない性格だったようで、いつも坂出にべったりだった。
 坂出にべったりだったので、友達ができなかったのか、それとも、友達ができないから坂出にべったりだったのか。それぞれに矛盾したところがあり、相容れないところが感じられるが、亜由子に関してみれば、そのどちらも共存しているように感じるから不思議だった。
――亜由子は、坂出を追いかけているつもりで、自分の過去を探しているのだろうか?
 そう思ったから、川崎は亜由子にくっついて、坂出を探す旅に出たのだ。今までの川崎であれば、そんなことをするはずがない。もう少し打算的であるはずだ。
――亜由子と、坂出に、同時に欠落した時間さえできなければ、ここまで二人にのめりこむことはない――
 亜由子が、ある時期から、川崎にだけは、心を開くようになったのを、川崎自身で自覚していた。ただ、亜由子が最初に感じた時に、川崎は感じていなかった。それが時間差となったことで、亜由子は川崎に不思議な疑問を抱くようになり、川崎は、逆に精神に異常をきたす不思議な時間を作ってしまったのだ。
 亜由子から慕われていると思った川崎は、まるで坂出になったような気分になっていた。坂出の亜由子に対しての愛情を、ずっと見てきているつもりだったので、
「あんな妹がいて、お前は幸せだよな」
 などと、茶化していたこともあった。
 だが、ある時期を境に、茶化しているつもりの冗談が、冗談ではなくなってしまっていたのだ。
 坂出の中に怒りがこみ上げてくるようになっていた。怒りは、川崎に対してのものだと最初は思っていたが、どうやら違ったようだ。しばらくすると、坂出は自己嫌悪に陥った時期があり、
「頼むから、亜由子のことで茶化すのはやめてくれ」
 と、訴えるように頼むのだった。
 坂出のそんな姿は今までに見たことがなかった。人に弱みを見せることなどない坂出にとって、自己嫌悪など、おそらく、今までにあまり感じたことがなかったのではないだろうか。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次