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三年目の同窓会

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 一番、聞きたいところなのだが、触れてはいけないことなのかとも思った。それでも、逆に意を決して連絡してくれた直子には、譲が心配していた素振りをしていたことを、言わなければいけないと思ったのだ。
「ええ、譲くんには、心配を掛けたと思っています。川崎さんは、私が譲くんとお付き合いをしていたのをご存じだったんですね?」
「うん、高校時代から分かっているつもりでいたよ」
「ということは、皆にも分かっていたのかも知れないですね」
「そうかも知れないね」
 皆に分かっていたのかも知れないと言った時の直子の声が、少し沈みがちだったことを、川崎は聞き逃さなかった。電話での会話というのは、相手の顔が見えないだけに、話をしながら、声の抑揚や息遣いに、どうしても気を遣ってしまう。
 特に直子は分かりやすい性格でもある。
 いつも何かを隠そうとしている様子が伺えたが、えてして、そんな時ほど、まわりに対して目立ってしまう。本人が一番分からないことに気付かないのだ。自分の顔を鏡などを通さない限り見ることができないのと同じではないだろうか。
 譲と付き合っていることも、高校時代の直子は必死に隠そうとしていた。だが、その反面、譲の方は、オープンだった。ひけらかすわけではないが、
「どうせ、隠そうとしても分かってしまうのさ。それなら、最初から隠そうとなどせず、オープンなのがいいのさ」
 隠そうとすれば、後ろ向きになる。まわりに後ろを見せてしまうと、おかしな態度を見抜かれて、余計な詮索をされないとも限らない。譲は、それが嫌だったのだ。直子もそのことは分かっていたはずだが、どうしても受け入れられない気持ちがあるのか、自分からオープンにしようという考えはなかったのだ。
 そんな直子の考えが分かったので、川崎は、直子を必要以上に責める気はなかった。ただ、直子という女性が、見ていて苛めたくなる雰囲気を漂わせていたのも事実だった。
――ひょっとして、来なかったのは、何かそのことと関係があったのではあるまいか?
 それは、譲と何かあったのではないかという思いと一緒になって感じたことだった。
 男女の関係については、それほど詳しいと思っていない川崎は、勝手な憶測が頭の中を巡っていた。それが誤解を呼ぶかも知れないということを熟知しているつもりであったが、それ以上に、直子と譲の関係に興味津々だった。
 ただ、譲が実際には結婚していて、その相手を知っている。もちろん、直子も知っているのだろうが、そのことには一切触れない。触れていいことと悪いことがあるとすれば、この場合は触れてはいけないことなのだ。
 どちらかというと気が多いタイプの川崎は、いろいろな女性を好きになった。同時に数人の女性を好きになったこともあるくらいで、
――それのどこがいけないのか――
 と思ったほどだが、誰も悪いとは言っていない。勝手に自分で、悪いことではないかと思っているだけだった。
 だが、好きになるものは仕方がない。それでも一人が決まると、その人だけにしか目が行かないと思っている。実際に高校時代に一度付き合った女性がいるのだが、その女性と付き合っている時は、本当に彼女だけしか見えていなかった。
 短い間だけだったが、至福の時間だったと思っている。短かったのは、自分が他の女性に気があったからではなく、本当に彼女のことを好きではなかったからではないかと思っている。どちらから別れようという話があったわけでもなく、自然消滅だったことからも、言えることではないだろうか。
 好きになった女性の中には、もちろん、美穂もいた。
――本当に好きなのは美穂のことなんだ――
 と今でも思っているが、どうしても坂出の存在が気になって仕方がない。
――坂出が相手では勝ち目がない――
 どうしてそう思うのか。同じグループの仲間で、しかもリーダー格だからであろうか?
 いや、そうだとしても、それだけのことではないか。何も遠慮することはない。第一、美穂が坂出のことを好きだというのは、自分の勘違いなのかも知れないからだ。
 逆に坂出が美穂のことを好きだとすればどうだろう?
 男として坂出をライバル視できないわけではない。ここで諦めては逃げに繋がるからだ。同じ仲間であるならば、却って同じ土俵に立つことが、坂出に対しての礼儀ではないだろうか。
 直子が謝りの電話を入れてきてから、一週間が経った。
 卒業してから三年後の同窓会が終わってから、一か月が経とうとしていた時期のことだった。
 季節は冬景色が姿を消し、桜もすでに散り始めるのではないかと思う時期であった。真新しいスーツに身を包んだ新入社員が眩しい中、自分もその中にいるんだと思ったが、緊張感があるわりには、思ったよりも落ち着いている自分に驚いていた。
 すでに頭の中から同窓会のことは記憶の奥深くにあり、毎日が前を見て歩いて行くという強い気持ちを持っていないと、流されたままになってしまいそうな自分を危惧していた。
 ただ、実際に社会人になって、覚えなければいけないことも多く、気持ちを切り替えていかないといけないと思いながらも、普段と変わらない気持ちを持ち続けたいと思う自分もいる。それは学生時代の甘えを残したままでいたいという気持ちの表れではない。むしろ、逆であった。
 学生時代の自由な気風、それは自由な発想を呼び、束縛されないという意識の元に、世の中が自分に何を求めているかということを冷静に見ることができると思うからだ。格好のいいことを言っているようだが、それでいい方向に向くのであれば、それは決して間違いではない。すべてを一つの方向性で見てしまう方がどうかしているという考え方であった。
 真新しさも次第に色褪せてくるだろう。だが、その時は新しいスーツに着替えればいいのだ。人間はそう簡単にはいかないかも知れないが基本的な考えをしっかり持っておけば、困った時に迷うことはないというものだ。
 すべてが一方向ではいけないだろうが、貫徹しなければいけないことは多々あるはずだ。迷ったり悩んだり、紆余曲折がある中で辿り着くところは一つだとするならば、一本筋の通ったものを持っていることは不可欠だと思う。それが、川崎の中にある基本的な考え方であった。
 社会人として歩き始めた川崎の元に、一人の来訪者があったのだが、まさに意外な人物だった。存在を忘れていたわけではないが、まさか自分を訪ねてくるなど、まったく予期していなかった。予期することを許されないと思っていたほどで、あまりにも意外なことで声も出なかったが、嬉しかったのには違いなかった。
「川崎さん、お久しぶりです」
 その人は女性で、声が上ずっていたのは、緊張からというよりも、何から話していいかを戸惑っているからだった。それはいい意味であればいいのだが、悪い意味だということは、最初に見た時に分かっていた。嫌な予感が頭を過ぎる。
「兄が、行方不明になったんです」
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次