三年目の同窓会
明らかに動揺が表情に出ていた。一瞬、顔が真っ赤に紅潮したかと思うと、すぐに真っ青になった。
「痛いところを突かれた」
というのが本音であって、気付かれたのが、川崎であったことは、不幸中の幸いとでも言いたげだった。
亜由子の存在が、川崎と坂出の間で、微妙な関係を作り上げる要因になろうと思ってもみなかったのは、坂出の方だった。亜由子という存在が、時として自分を表に出すことの邪魔になるのでは、と思うからであって、そんな坂出を見ている川崎は、亜由子を中心とした自分と坂出の関係を微妙な話として作り上げようとしていたのだ。
勝手な妄想なのかも知れない。川崎の中には、同窓会メンバーを相手にしている自分と、坂出兄妹を相手にしている自分とが存在し、時々、表に出る自分が入れ替わっている感覚に陥る時がある。
「坂出には、そんなことはないかい?」
正直に坂出に、もう一人の自分が時々入れ替わるように表に出ているのではないかという話をしたことがあったが、その時の坂出は、少し驚いた様子だったが、
「お前もか、俺もなんだよ」
と、話に飛びついてきたのだが、それは、最初に驚いた感覚とは、少し違っているように思えた。どうして、そう感じたかというと、坂出の様子が、大げさに見えたからであった。
逆に驚いた感覚を、話に飛びついたことでごまかそうとしているような感覚に陥ったようで、坂出がいつも冷静であることから、余計に、普段と違った雰囲気が醸し出されていると、敏感にその違いが感じられるのであった。
坂出は続ける。
「俺の場合は、仕事のことが多いんだが、仕事をしている時の自分と、プライベートな自分では、違う世界にいる気がするんだ。プライベートな感覚の時には、仕事をしていた時間はまったくの空白だったわけではなく、時間を飛び越えた感覚があることから、違う時間が存在することに気付いたんだ。それで、自分ももう一人いると考えると、辻褄が合ってくるようで、時間の感覚というのは、人それぞれにも違っているけど、同じ人間の中でも違う感覚を持っていれば、それが、もう一人の自分の存在を考えさせられることになるのかも知れないな」
と、話をしていた。
坂出は、SFが好きで、結構SF小説に嵌っていたりしたが、実際に科学的に証明されたことを本で読んだりはしていないようだ。あくまでも、空想科学の世界に自分の身を置きたいと考えているようだった。
川崎は、逆に科学的根拠のないものに、興味を持って見ることはない。確かに妄想することはあるが、妄想も科学的根拠のあるものに対してのみ働くものであって、すべてが夢に通じるものだと思っていた。
夢は潜在意識が見せるものだという意識の中で成立するものだと思っていることで、夢で見ることのできないものは、基本的に妄想したとしても、信じることはない。坂出も、夢が潜在意識が見せるものだという意識は同じだったが、妄想に果てはないという考えを持っていることから、川崎の中の妄想とは、かなり違ったものがあるのだ。
坂出が恵を見ていて、
――川崎なら、この人を好きになるだろうな――
と、感じた。そして、今度は、自分が川崎の立場に立つと、恵をいとおしく感じられるから不思議だった。恵の中に見え隠れしている女性が、妹の亜由子であることに、次第に気付き始めていた。
――だから、俺はこの人を好きになることはないだろうと思ってしまうんだ――
恵は、嫌いなタイプではない。むしろ、坂出にとっては好きなタイプだ。それは、恵の中に懐かしさを感じるからであって、その懐かしさの根源は、亜由子にあるのだ。
恵と付き合っていた男性が、譲であることを知ったのは、偶然だった。
恵が、早朝の露天風呂から部屋に帰ろうとしていたところに、携帯電話が鳴った。恵は携帯電話に応答すると、すぐに相手の名前を呟いた。
「譲さん」
本人としては無意識だっただろう。誰もいないはずの早朝の廊下、そこに偶然というべきか、坂出がいた。
譲と聞いて、すぐに相手が分かった気がした。気が多く、誰でも好きになりそうなタイプの譲である。しかも、好きになったのは自分であっても、相手が自分を好きになるように仕向けるのが得意な譲である。
仕向けるというよりも、相手が好きになる方が先なのだ。確かに仕向けるようにしていることで、譲本人は、
「俺のやり方は間違っていない」
と、本当の魅力に気付いている人を相手に、小細工をしてしまうという、一見、無駄な努力を他の人に知られてしまったら、それこそ、相手にされないかも知れない。
女性の方から譲を好きになることで、譲の「仕向ける」行為は、表には出てこない。おかげで、まわりからは、それほど嫌われるタイプではないのだが、たまに、余計なことを口走り、口走った相手との関係がギクシャクしてしまうことで、譲は友達を失うことが多かった。
本人はどうして、友達を失っているかということを自覚していない。自分に自信があるわけでもなく、横柄な態度を取っているわけではない。ただ、自分が生き残るにはどうすればいいかということを考えすぎて、せっかくの魅力を、自らで壊してしまう行動を取っているのだ。
人畜無害に見えて、友達が少なく、どちらかというと影が薄いタイプで、ただ、どこのグループにでもいるようなタイプなのに、なぜか悪いところばかりが目立ってしまう。
そのくせ、女性にモテるというのだから、よく分からない。
服装に関しても無頓着、整理整頓とは無縁に見えるのに、どうしてなのだろう?
「譲くんは、母性本能をくすぐるのかも知れないわね」
と、言っていたのは美穂だった。
それに賛同したのは、恵子であり、直子は、黙って頷いているだけだった。
美穂は別にして、直子は学生時代に付き合っていた相手であり、恵子は今の奥さんである。
恵子とは離婚を考えているようだが、何が譲を離婚に導いているのか分からない。二人の間に諍いがあったようには思えないし、倦怠期というには、少し早い気がする。
譲を一番よく知っている女性が誰かと聞かれれば、恵ではないだろうか? 恵は譲と出会う前から、彼のような男性と出会うという予感があったという。今から思えば、それは直子と同じ目線で譲を見ていたからなのかも知れない。それだけ、直子と恵はよく似ているのだ。
譲が、直子と別れて、恵子と結婚したのは、意外と早かった。まるで直子からの呪縛を逃れたいがために、恵子と付き合い、そのまま勢いで結婚したのではないかと思うほどだった。
結婚が、性急だったのは、まわりもビックリしていた。しかも、譲と恵子の結婚式には、他の同窓会メンバーは誰も呼ばれていない。結婚したということも、後日手紙で報告があった程度だった、
結婚の話は、直子だけが知っていた。もちろん、譲が話をしたわけではないが、話をしたのは、恵子だったのだ。
恵子は譲が考えているよりも、ずっと嫉妬深い女だった。しかも、プライドの高さも尋常ではない。気位が高いというのか、美人でスタイルもよければ、それなりに気持ちも毅然としていて、誰にも負けたくないという強い気持ちを持っているようだった。