三年目の同窓会
坂出は、美穂とも、恵子ともゆっくりと話をしたことはなかった。もちろん、直子ともそうだったが、考えてみれば、もう少し話をしてみればよかったと思う。特に美穂に対してはそうだった。
ただ、今の坂出は、自分が落ちるところまで落ちてしまったと思っていることから、同窓会メンバー、特に女性には、今の姿は見せられないと思っている。
川崎に対しても同じことを思っていて、自分が姿を隠したのは、自分を知っている人の誰もいないところで、一人で考えてみたいと思ったからだった。
同窓会メンバーはもちろんのこと、妹の亜由子、スナックのママ、そして、鍋島由美子、それぞれに会いたくなかったのだ。
鍋島由美子が、自分のことを探そうとしてくれるであろうことは分かっていた。
彼女が自分に興味を持ってくれていることは分かっていたし、鍋島由美子の中に、どこか、同窓会メンバーの誰かを感じてもいた、
――そうだ、直子に似ているんだ――
今まで意識をほとんどしたことのなかった直子だった。彼女は自分の意志を表に出そうとはしない。そこが鍋島由美子との違いだった。
だが、鍋島由美子も、直子も、それぞれに男性に対して三行半のイメージがある。男性を慕うというよりも、委ねるタイプで、男性からすれば、
――苛めてみたい――
と思うようなタイプだった。
苛めてみたいタイプというのは、相手の反応によるところが強い。いくら苛めてもリアクションに欠けるのであれば、苛めがいなどあったものではない。あの二人には苛めがいを感じ、しかも同じようなイメージの苛めがいであった。それは、自分自身が同じ興奮を得られるということの証明のようなものである。
同窓会は、確か八人だったが、その中でまったく話題にも上がっていない男がいた。三年後の同窓会の時に、彼と誰か話をした人がいたであろうか? まったく想像もつかない。その男は名前を清水というが、清水は、グループの中にいながら、本当の影のような存在だった。
それぞれに相関図を書けるくらいの関係なのだが、清水だけは、いつも蚊帳の外だった。そんな清水が一度だけ表に出てきたのが、恵子と付き合っているのではないかという噂だった。
「そんなことあるわけないでしょう」
恵子から一蹴され、噂は泡と消えてしまったが、三年目の同窓会の日の時も、それ以降に起こった出来事の中にも清水は、どこにも現れない。
だが、彼はいつも肝心なところで現れることが多い。それぞれの局面で、重要な役割を果たしているのだ。だからこそ、彼がグループから離れることはない。
グループの中で、譲と、直子が付き合っていたのは、不思議な気がしないが、結婚した相手が恵子だったというのは、ビックリした。直子と別れたという話を聞いたこともなかったし、直子と譲では、喧嘩別れをしそうな雰囲気ではない。どちらかというと、直子が自ら身を引いたと考えるのが自然であった。
実際に身を引いたのは直子の方であり、それが恵子と結婚が決まる寸前だったということも、譲の心境を思い図ることができる。
その時、恵子は誰か他の人と付き合っていて、結婚を考え始めていたのだが、実際に考えていたような相手ではなく、別れたいと思っていたようだ。そんな時に相談に乗っていたのが譲であって、普段は気丈に振る舞っている恵子の、殊勝な態度を初めて見たのだろう。
そこで、一気に恵子への思いが沸騰したとしても不思議ではない。熱しやすい性格は、譲の性格のうちだった。
直子のことを思いながら、紆余曲折もあり、頭の中で何度も繰り返し考えたに違いない。直子への思いも本物だったのだろうが、目の前で困っている女性を見捨てられないと思った時、
「本当に好きだったのは、恵子だったのだ」
という結論に達したのかも知れない。
今から思えば、その相手の名前を聞いておけばよかったと思った。どうやら、その時付き合っていて、別れたいと思っていた相手は清水だったようだ。相手が清水であれば、話は変わってくる。
清水という男は誤解されやすい男だ。
恵子に言い寄って、フラれればいいのだろうが、恵子も昔からの知り合いだけに、無下に断ることはできないと感じた。そのせいで、ストレスが溜まり、恵子の中で清水はストーカーになってしまったのだ。
だが、清水が恵子に迫ったのは、本心から恵子を好きだったからだ。清水は今までの性格で、影の薄い男だ。それだけに何を考えているか分からないと思われがちだった。逆に少々のことをしても、清水ならショックを受けないだろうというくらいまで、皆が感じていたようである。
本人としては、溜まったものではない。自分は皆と普通に接したいのに、影が薄いばかりに、
「何を考えているか、分からない」呼ばわりである。
清水は、恵子を諦めたのは、譲と結婚したからだ。そんな時、清水の後ろ姿を見て、
「可哀そうに」
と思って同情した女性がいた。それが、直子だったというのは、何という皮肉なことだろうか。
「この人の背中、譲さんに似ているわ」
恵子と清水のいきさつを知らない直子は、そう感じた。
「私が包んであげたい」
そう思った瞬間に、恵子と直子、清水と譲。それぞれの中で愛憎絵図が出来上がった。
それは静かに燃える絵図で、炎は薄い蒼だった。まるで人魂が燃えているかのような炎は、勢いなどまったくなく、ただ、彷徨っているだけだった。
川崎と、亜由子は、坂出が生まれ育った町に出かけた。
「まずは、坂出の性格が、どのようにして育まれたのかを見に行ってみたい気がするんだ」
坂出と、亜由子は五つ年齢が違う。少し年の離れた兄妹だった。
「ひょっとすると、なかなか次の子供が生まれないことで、長男である坂出は、甘やかされて育ったのかも知れないな」
と、言う人がいるくらい、坂出は、子供の頃、それほどしっかりはしていなかった。
しっかりするようになったのは、亜由子が小学生の頃からで、坂出が中学卒業前くらいだっただろう。
それでも、亜由子は、
「お兄ちゃんは、元々しっかりしたところがあったんだろうけど、中学くらいまでは誰もそんなことは思っていなかったでしょうね。聞こえてくる噂も、いいものは一つもなかったから……。でも、中学の修学旅行から帰ってきてから、急にしっかりし始めた気がするんですよ」
坂出は、
「俺は旅に出ると、結構変わることがあるんだ。考え方が変わって見えるという感じなんだけど、でも、数日すると、また普段と変わらない気分になるんだ」
そのことを、亜由子に話すと、
「でも、確かにその時からお兄ちゃんは変わってるんですよね。元に戻っているという感覚はないですよ」
という。
ということは、本人の意識の外で、変わっているということなのかも知れない。
慣れというべきだろうか、坂出は、最初に変わったという意識をそのままストレートに感じることで、変わり方が緩やかになってくると、もう変わる要素がないように感じてくるのではないだろうか。
もちろん、坂出だけに言えるわけではないが、特にその思いは坂出の中では強いのかも知れない。