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三年目の同窓会

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 もっとも、自分がまわりから見ていても同じ事を思うだろう。だからこそ、リーダー格であることを否定する自分ではないのだ。
 少しでも育った環境が違っていれば、リーダー格であることを拒否していたかも知れない。
「坂出さん。何とかしてください」
 と言われて、意気に感じて、
「よし」
 とばかりに一肌脱ぐ、それが今までの坂出だった。
 だが、見方を変えると、ただの押し付けに見えなくもない。そう思うと、納得いかない自分と、前に出ることの怖さを感じたのではないだろうか。
 そんなことを思いながら、宿の近くの森を散策しながら、歩いていた。恵もまた、近くを歩いていたのだが、お互いに考え事をしていたからなのか、それとも、森の中の異様な雰囲気が二人を近づけさせない魔力を持っていたのか。二人がニアミスを犯したのは、それが最初であり、最後だった。
 森の中は静かであったが、喧騒とした雰囲気も漂っていた。
――何が出てくるか分からない――
 という恐怖は、絶えず潜んでいて、前を見て歩いているつもりでも、想像しているのとは違う方向を歩いていることを感じさせる。
 昨日、宿に到着してから、二人とも、すぐに眠りに就いたようだ。午後九時には二人とも寝入っていて、宿の人もゆっくりできたのではないだろうか。
 朝、先に目が覚めたのは、恵の方だった。
 ゆっくりとした目覚めではなく、いきなり目が開いたという感覚である。まるで自分の知らない力が働いていて、目を覚まさせたのではないかという思いである。
 目の前には天井があった。まるで迫ってきそうな勢いに、思わずハッとしてしまい、目を閉じそうになったが、目を閉じるどころか、さらにカッと目を見開いたのだった。目を瞑る方が怖いのが分かったからである。
 恵は、汗をぐっしょり掻いているのに気が付いた。汗は浴衣に纏わりついているようで、身体を起すのが少々きつかった。
 それでも時計を見ると、まだ午前四時を少し過ぎたくらいだった。
「確か、露天風呂は二十四時間大丈夫だということだったわね」
 秘境でも、何とか経営していけるのは。温泉の効用が有名だからだった。湯治場としては、その筋では有名らしく、若い人が来ることは実に珍しいが、湯治に訪れる人、または、静かな場所を求めてやってくる芸術家もいるらしく、思っていたよりも、みすぼらしい雰囲気がないのは、それだけ需要があるということでもある。
 恵は、何とか起き上がって、眠い頭を起しながら、露天風呂の入口へと急いだ。
 不規則な石段は、天然の通路になっているようで、少し下りたところに、また通路があった。
 脱衣場は分かれているが、中は完全な混浴である。
 それも聞いていたが、まさか、午前四時過ぎに入りにくる人もいないだろうという思いもあって、ゆっくりと湯に身体を浸した。
 まさか、肌寒い朝方に、露天風呂の熱さは少し刺激的だが、目覚めにはちょうどいい。それよりも外気に触れた湯気が、視界を完全に遮っていて、何も見えない。
 向こうにはどうやら海が広がっているらしいが、何しろまだ夜中なので、向こうを見ることができない。それでも、街灯がいくつかついているが、湯気のおかげで、幻影的な光景をみせてくれるのは嬉しかった。ただ、朝風呂を楽しむ時は、海の向こうには朝日が昇ってくるのが見えるという。それを今日見れないのは残念だった。
 どれくらいの時間、入っていたのだろう? 時間を忘れるほど、時間が早かったような気はしたが、それでも数十分だろう。そうでなければ、ゆでだこ状態である。
「いい湯だったわ」
 と独り言ちて、そのまま髪を乾かしながら、脱衣場から宿に戻って行った。ただ、その時に、
「何かを忘れてきたような気がするわ」
 と、思ったが、深く考えることもなかった。深く考えるほど、まだ頭はクッキリとしているわけではなく、ただ、汗を流せたことで、身体を活性化させることができたのだった。
 喉が渇いたので自動販売機でスポーツドリンクを買って部屋に帰った。その時に感じたのは、
「こんなに狭い部屋だったんだわ」
 ということだった。
 坂出が目を覚ましたのは、恵が露天風呂で髪を乾かしているくらいであっただろうか?
 こちらの目覚めは至極悪く、目を開けられるまでに、しばらく掛かった。普段から、五時前後には目を覚ましている坂出なので、起床時間としては、早くも遅くもなかった。
 いつものように、何度か伸びをすることで、目覚めに近づいていることを意識していた。目が覚めてからでも、すぐには身体を動かすことができず、この時ほど自分の身体が億劫に感じられることはないと思っていた。目覚ましを掛けたわけでもない、いつもと変わらぬ起床のはずなのに、自分が今どこにいるのか、まったく思い出せないでいたのは、一瞬記憶が繋がらなかったからなのかも知れない。
――そういえば、妹も、一時期の記憶がないと言っていたっけ――
 なぜか妹のことが思い出された。記憶が欠落している原因が、自分にあるということを、坂出は自覚していないのだった。
 坂出が露天風呂に顔を出した時、朝日がちょうど昇りかけていた時だった。恵が見た光景とはまったく違った風景が目の前に広がっている。恵が見た光景が、幻影的な光景だとするならば、坂出が見た光景は、朝のすがすがしさであった。湯気も白いというよりも、朝日の影響か、透明に限りなく近い白い色であった。まさか、今から少し前の、夜が明ける前に、誰かが入っていたなど知らない坂出は、朝日と見ながら、
「ここに来てみて、本当によかった」
 と、感じていた。嫌なことすべてが忘れられるわけではないが、嫌なことを忘れられるような気分になるだけで、目を通して、精神的に癒されるものが存在するのだと、初めて感じたような気がした。
 今までは、誰かに癒しを求めていたり、自分に癒しを求めてくる人に対して、
「いかに癒しを与えてあげようかと、そればかり考えていた時期もあったな」
 と、与えること、与えられることを中心に考えていたことが、狭い考えであったことを思い知らされた。別に何もしなくても、そこにいけば、誰から癒されるよりも、精神的に落ち着けるものがあるのだ。
 問題は、どれほど欲を捨てられるかであった。
 癒しを求める時というのは、何か辛いことがあって、そこから逃れたい。あるいは、忘れてしまいたいという思いから、癒しを求めてしまう。相手は人間なのだから、そこには欲が存在している。相手が異性であれば、特に性欲ということになるのであるが、辛さも半端でないところまでいけば、性欲では払いのけられるものではないほどの苦しみを味わっていることになるだろう。
 そこまで苦しくなくても、目に入ってくる癒しを受け入れることはできる。ただ、それには忘れようというだけではいけない。何かを捨てなければ、目に入ってくる光景を癒しとして見ることができないのだろうと、坂出は感じるのだった。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次