三年目の同窓会
リーダー格を見込まれたのも、長男というところに何か見るところがあるからなのか、一人になってしまうと、兄貴がいないことを、恨んだりもした。
会社に入れば、一番の下っ端、同期の連中がどう思っているか分からないが、坂出は、上司を持てることが嬉しかった。
高校時代も部活をしていなかったので、先輩後輩の関係をあまりよく知らない。なので、社会に出てから、一番の下っ端の気持ちになれるのが新鮮だった。
新入社員自体が新鮮な感覚なのに、先輩に対しても新鮮に接することができるのは、ありがたいことだった。
直属の上司は、本当に兄貴のようだった。慕っている雰囲気を出しても、甘えているように見てくれないところが嬉しかった。
「短所を治させるよりも、まずは長所を伸ばすこと。よく言うだろう? 長所と短所は紙一重ってね。そういうことなんだよ」
他の人が聞けば、理解に苦しみそうな話でも、坂出が聞くと、よく分かる。一応坂出も高校時代リーダー格だった人間である。人を諭すような言い方は、慣れたものである。
坂出にとって、会社でありがたかったのは、女の子の優しさが違ったのだ。
リーダー格を相手にするのと、同期であったり、後輩を相手にするのであれば、それは当然ながらに女性の態度が違っていて当たり前である。
坂出が、学生時代までつけていた日記を一時期やめていたのは、
「縛られることなく、まわりの波にゆっくりと揺られながら暮らしてみたい」
という思いがあったからで、縛られるというのは、人から縛られるわけではなく、縛っている自分から解放されるという意味である。毎日をキチンと日記につけておくのは、自分で課した呪縛のようなものだが、やってみると、これがなかなか楽しいもの。その楽しさの大半は、自己満足であった。
自己満足は、決して悪いことだとは思わない。
「自分で満足できないものを、どうやって人に満足させられるというのか」
という考えが元になっている。
結果としては、
「人を満足させたい」
というところに落ち着くのである。
この考えは、リーダーシップだとは言えないだろうか。押しつけではなく相手を満足させることという考えがあるのは、自分であれば、人を満足させられるという自信の裏返しでもある。普段から自信をひけらかしているつもりはないが、自分に自信の持てない人間として、リーダー格を発揮するというのは、完全に人を欺いていることになる。坂出はそれが嫌だったのだ。
そんな時に、意識したのが、鍋島由美子だった。彼女には今まで自分の近くにいた人で、相手を女性として意識したことがあまりない人に雰囲気が似ていた。鍋島由美子を見ていると、どうしても、その人のイメージが重なって、思い出は、またしても、同窓会のメンバーを思い返させてしまう方向へと導こうとするのだった。
鍋島由美子には、どこか自虐的なところがあった。あまり自分から口を開くことはないが、もし口を開いて話をしたなら、最後には自分から折れてしまって、
「どうせ私なんか」
というセリフで落ち着いてしまうのが、目に見えていたのだ。
同窓会メンバーの、似ている人にはそこまで感じなかった。なぜなら、彼女のまわりには、少なくとも同窓会メンバーがついているのである。
もちろん、その元締めは自分であって、悪い気はしない。いつもいつもリーダー格としての存在を嫌がっているわけではなかったのだ。
それなりに、おいしいところもある。
リーダー格でいられたおかげで、他のグループの格になっている人との会話で、まるで目からウロコが落ちるような話を聞かされたこともあった。
さらには、思っているよりも、女性からモテていた。影で自分のことのいい噂をされるというのが、これほどくすぐったく、心地いいものなのだということを、今さらながらに教えられた気がしたのだ。
そんな坂出に、鍋島由美子は、惜しげもなく近づいてきた。ただ、彼女の中に何か打算的なものがあったわけではなく、ただ、一緒にいて楽しいと思っただけのことなのかも知れない。だが、坂出は鍋島由美子を意識しないわけにはいかなかった。付き合って行きたいという感覚よりも、ただそばにいてくれるだけで、それだけでいいと思わせる女性。それこそ癒しを含んだ女性と言えないだろうか。
鍋島由美子も同じことを考えていたようだ。
坂出と一緒にいる時が一番楽しいと、話してくれていた。その言葉にウソはなく、付き合いは実に颯爽としたものだった。颯爽という言い方は変かも知れないが、あくまでも坂出が鍋島由美子を見て、そう思うのだ。颯爽として自分から相手を見上げるような女性は今までにいなかった。
ただ、それは坂出と一緒にいる時だけだった。他の人の前に出ると、言葉も出てこない。どう見てもビクビクしていて、自分から人に声を掛けることもできない自虐的な女性になってしまうのだ。
坂出に対しても最初は自虐的だった鍋島由美子だが、どちらが本当の彼女なのだろう? 坂出には分からなかったが、少なくとも自分と一緒にいる時の鍋島由美子にウソはないと言い切れるのではないだろうか。それだけに同窓会メンバーに似ている人がいることは、どうしても、自分をまた同窓会メンバーのリーダーとしても格を思い出さざるおえないのだろう。
今思い出しても、彼女の顔がおぼろげだ。それだけ同窓会にいても、
――わざと気配を消しているんじゃないだろうか?
と思わせるに十分だった。
リーダーとしては、まわり全体を見渡すことをくせにしていたので、気にはしていても、目を合わせることはしなかった。幹事は川崎に任せているからいいのだが、ただ、それサブになったのが、美穂だっただけに、少しだけ川崎に嫉妬したのも事実である。
坂出は、意外と嫉妬深い方だ。昔から好きになった女の子が、誰か他の男の子と話をしていると、気になってしまい。嫉妬心がメラメラと浮かび上がってくる、だが、燃え上がってしまうと、今度は沈静するのだが、その時に、すっかり意気消沈してしまって、好きだった相手に対しても、
――本当に好きだったんだろうか?
という疑問を抱かせるほどに、憔悴してしまっていた。そして、最後はスッパリと諦めるのだ。
未練はさほど残らない。未練が残るほど付き合ったわけではない。ただ、自分の中で勝手に妄想してしまい、相手への思いを完全燃焼させてしまい、結局、それ以上燃え上がることはない。
自分の中に残った燃えカスがどうなってしまうのかを気にすることもあったが、
「きっと、知らないうちに身体に吸収されてしまうんだろうな」
と思うのだった。
他の人だったら、身体の外に出すことを考えるだろうが、坂出はそうではない。すべてを取り込むという考えは危険な気もするが、表に出してしまう方が却って怖い気がするのだ。自分の知らないところに、それまであった自分の感情が形を変えて出ていくというシチュエーションは、如何ともしがたく、気持ち悪いだけであった。
ある意味、モチベーションの問題なのかも知れない。身体の中に残っている方が、何かあった時に思い出して、鎮静に役立つかも知れないからだ、それだけ坂出は、
「本当の俺は激情家なんだ」