三年目の同窓会
「理不尽な命令に、誰が従うもんか」
と、勢いよく部屋を飛び出しては、館内や、外を散策したものだった。
その頃から、自分は貧乏性で、じっとしていられない性格なのだということを自覚するようになったのだ。
子供から青年になっても、変わりはなかった。ずっと、
――どうして大人は、宿でゆっくりしたがるんだ。それだけならいいが、子供にまでそれを強いるなんて、その心が分からない――
と、思ったものだ。
だが、そこに親としてのエゴや体裁が包まれていることをウスウス気付いていた。気付いていたことで、余計に分からない気分になってしまっているのだ。
大人になどなりたくないという気持ちは子供の頃にあったが、リーダー格になってしまったことで、そんなことにこだわってはいけないのだと思うようになると、自然と、
――親のような大人でなければいいのだ――
という、焦点を狭めた感覚になり、気も楽になるというものであった。
そんな坂出をずっと下から見上げていたのが、亜由子だった。
亜由子はいつも坂出のそばにいて、黙って見ているだけだった。最初の頃は、
「鬱陶しいから、ついてくるな」
と言っていた坂出だったが、悲しそうな顔をして、見上げるその顔は何かを訴えているが、金縛りに遭ったのか、しばらく動けなくなっているようだった。
それを見た坂出は、踵を返し遠ざかっていくが、背中に感じる視線は、いつまでも消えることはなかった。
そのうちに、亜由子の方も慣れてきたのか、金縛りに遭うこともなくなり、悲しい顔をするのは変わりはないが、何を言われても、坂出の行く後ろをついて行くだけだった、
坂出は、小学生の頃は、あまり友達と遊ぶ子供ではなく、一人が多かった。一人が似合うとまわりから認めさせたいのに、そのそばに妹がいたのでは、せっかく一人が似合うと思っていても、まわりは、そうは見てくれないだろう。
そんな坂出を見ていて、亜由子は、寂しい思いをしていたに違いない。自分としては、たった一人の兄妹。仲良くしていくのが当然と思っていたからで、子供の頃から、そういう意味では坂出と亜由子の考え方は、距離があった。
亜由子の一方的な兄への思い、それは亜由子だけの胸にしまっていたのだが、見ている人には分かるもので、同級生の男の子に、
「お前、本当は兄貴が好きなんだろう?」
と、言われて顔が真っ赤になるほど恥かしかった。自覚していなかったわけではないので、余計に腹が立ち、気が付けば相手のひっぱたいていた。人を卑下する人ほど臆病なもので、亜由子の迫力にすっかり参ってしまったようで、腰を抜かしてしまうほど、インパクトの強いものだった。それだけ亜由子が普段から大人しい性格の女の子だったということで、亜由子が暴力をふるったことは、学校中で、一時期噂になったほどだった。
ただ、なぜなのかが誰にも分からなかった、叩かれた方も、恐ろしくて、二度と口にできないことだと思ったようだ。そのおかげで、亜由子の思いは、その時にまわりに知られることなく、亜由子の中で封印することができたのだと思う。その頃を境に、亜由子は兄に付きまとわなくなったからである。
相変わらずクールな坂出に、妹も大人しく、一人でいることの多い女の子になった。
――なるほど、お兄ちゃんが、一人でいたい気持ち、私も一人になってみれば、分かった気がするわ――
と、亜由子は感心したものだ。
今度は、亜由子が人から付きまとわれる番だった。
同級生の女の子が、自分のそばから離れなかった。その様子はまるで以前の自分のようだった。
――お兄ちゃんのように、怒鳴ってみようかしら?
とも思ったが、やられたことで嫌な思いのしたことを、他の人にできるほど、亜由子は図太い神経をしているわけではなかった。そこは、うまくいなしていたが、たまに鬱陶しい時は、
「あまりしつこくしないでよね」
と、しかとしたこともあったが、その時に見せる、まるで捨てられた子猫のような表情に、自分が弱いことを、認識したのだ。
亜由子は、そんな自分の性格を、
――あまりお兄ちゃんには似ていないわ。第一お兄ちゃんのようになりたいと思っても慣れるはずないって思うもの――
と、感じていた。
坂出のどんなところになりたいと思っているのだろう。一番考えられることは、
――孤独が似合う人――
だと思われたいということであった。
坂出は、美穂を見ていると、
――まるで、亜由子を見ているような気がすることがある――
と感じることがあった。亜由子と美穂では、雰囲気も違えば、女としての魅力も違う。確かにリーダーとサブリーダー、兄と妹、関係としては似ていないわけではないが、決定的に違うのは、
「血の繋がり」
である。
血の繋がりなどと、昔の人の考えるようなことは、本当はあまり好きではない。なぜなら、血の繋がりによって縛られた世界で生きなければならなかったり、骨肉を争う事態に陥ったりするというドラマのような世界が実際にあるというではないか。
それを思うと、坂出はやりきれない気持ちになる。しかも、もし妹が本当に自分の好きな相手で、血の繋がりのせいで、何もできないなどというやりきれない気持ちになど、なりたくはなかった。
なるべく、亜由子のことを考えないようにしようと思うと、今度は眩しく見えるのが、美穂だった。
素朴な雰囲気の幼さに、細目に魅力を感じる亜由子に比べ、目元クッキリとした美穂は、実に眩しく見える。亜由子がかすみ草なら、美穂は太陽のようなひまわりであろう。
小柄な亜由子に対して、美穂は目元同様に、身体も大きく、その大きさが女としてのマイナスにならないところが、美穂の魅力とも言えよう。
美穂と亜由子を同じ次元で見ること自体が、いけないことのように思える。それを思うと、坂出はやるせない気持ちになるのだった。
坂出は、いろいろなことが、走馬灯のように頭を巡り、懐かしさから、現実の厳しさを教えられる会社へと、想像が及んでくるのだった。
完全に、会社から裏切られたような感覚だ。やらせるだけやらせて、後はトカゲの尻尾切りのように、いらなくなった人間を遠ざけたり、左遷したり平気でしている。社会というのはそういうところもあるのだということは分かってはいたが、いざ自分のこととなると、今まで生きてきた証を、すべて踏みにじられたのと同じことである。
「俺が一体何をしたんだ」
決して会社の不利になることや、困ることはしていないはずだ。緘口令が敷かれたことも決して表に漏らしたわけではない。これでは完全に最初から、自分は捨て駒だったとしか思えないではないか。
「一体誰を信じたらいいんだ」
人間、頼りにされれば、張り切るのは当たり前だ。しかも直属の上司から、
「君を見込んで」
などと言われれば、有頂天にならない方がウソである。最初から疑いの目を持ってしまえば、できる仕事もできなくなる。それは至極当然のことである。
坂出は、会社の上司を慕っていた。妹が一人いるだけの長男、
「兄貴がいてくれれば」
と、何度思ったことか。