三年目の同窓会
譲との関係の不透明さに対して、譲自身が前に進もうとしている気持ちを示してくれたことが嬉しかったのだ。それまでの関係は、客と風俗嬢から、恋人同士に発展したとはいえ、それ以上を望むことのできないものだった。最初から相手に奥さんがいると分かっていて付き合いだしたのだから、自分が悪いのだろうが、やはり女としてはどこかでケジメガ必要だと思っていたのだ、
もう一つは、不安がさらに募ったことだ。
前に進んだということは、それだけ後ろがあるということである、しかも相手があって一緒に進んだのだから、後戻りはできないということだ。
それなのに、恵は彼のことをあまり知らなかった。奥さんがどんな人で、離婚を考えたのか、さぞや、綺麗な人で、それをひけらかしていそうなわがままな女性のイメージだけが頭の中で膨らんでくる。あくまでも勝手な妄想であるが、それも、譲が自分を思ってあまり奥さんの話をしなかったことが招いた妄想。妄想を跳ね返すには、かなりの時間と頭の切り替えが必要だと思えた。
それだけに後になって、彼が奥さんの話をしてくれたのはありがたかった。
ただ、それもその時に、友達だと言っていた坂出に会わなかったら、恵に奥さんの話をしただろうか? それも疑問だった。
坂出と会ったことで、奥さんとのことを思い出し、してくれたのかも知れない。ひょっとすると、譲は、恵といる時、奥さんの話をしないのは、恵に気を遣っているからだというよりも、恵との時間を、自分の中の隠れ家のように思っていて、その中に、いわゆる「俗世間」を入り込ませたくないという、譲のエゴなのかも知れないと思うのだった。
坂出と出会ったことは、そういう意味では意味のあることだったのかも知れない。偶然人と出会うこともよくあることだが、それも大なり小なりに、必ず意味があるものではないかと思うと、面白く思えてくる。
――じゃあ、この旅行で、坂出さんに出会ったことも、大きな意味があるのかも知れないわ。偶然にしては、出来すぎているくらいだから――
しかも、この温泉は、誰も知らない秘境のようなところである。傷心旅行か、人生に疲れたような人が来るところだと思うので、坂出にも何か理由があってのことに違いない。坂出の方では、まだ恵のことに気付いていないようだが、このままでは、気付かぬまま別れてしまうことになる。それだけはなぜか嫌だった。
だからと言って、いきなり名乗るのも抵抗があった。
一人でいたいと思って出かけた旅行、そして、話しかけるには勇気がいる宿の雰囲気と、さらには相手の雰囲気、以前会った時もクールな人だと思ったが、さらに何かを考えているところに話しかけるには、それなりの勇気がいる、
しかも、そんな勇気は何度も持てるものではない。一度失敗すれば、それ以上、二度目はないだろう。そう思うと、慎重になってくる恵だった。
坂出の頭の中には、仕事のことや、スナックのママのこと、さらには妹の亜由子のことも頭になかった。
今、坂出の頭の中にあるのは、同窓会メンバーのことで、しかもその中でも気になっているのが、美穂だったのだ。
美穂は、坂出が全体のリーダー格なら、サブリーダーと言ってもいいだろう。そして、女性をまとめるのも彼女の仕事。それが分かっているから、美穂は坂出に、坂出は美穂にそれぞれ、尊敬の念を抱いていた。
知らない人が見れば、付き合っているように見えたかも知れない。だが、二人は付き合うことはなかった。リーダー格同士、付き合ってはいけないわけではないし、それも分かっているつもりだったが、お互いにグループの和を保つためには、二人が付き合わない方がいいという考えを共有していたようだ。
もちろん、旅行先で出会った恵に、坂出が何を考えているか分かるはずもない。ただ、何かに考えに耽っているのは分かっているだけだった。
美穂のことは、グループの中でも好きだった男もいるはずだ。中には、
――俺では、釣り合わない――
とまで思っていた人もいたかも知れないが、坂出から見ていると、皆、それぞれに誰かを気にしているのが分かった。詮索するわけにはいかないので、あまり見ないふりをしていたのだ。
坂出は、美穂のことが気になりだした時、自分がおかしくなったのではないかと思った。その時にはスナックのママとの付き合いがあり、美穂のことを意識から外していたからだった。
しかし、それは本当は自然なことであり、それまで自分が無理をしていただけだったのだ。
美穂と自分が同じグループのリーダーとサブ。そんな関係に恋愛感情を持ち込んではいけないという思いが坂出の中にずっとあったのだ。
「グループの輪を乱す、諸悪の根源」
とまで思っていて、美穂のことを意識はしても、それは恋愛ではないと自分に言い聞かせていた。
ただ、美穂は坂出にとってタイプの女性であった。それでも今までの思い込みに逆らうほどの力はなく、それでも心の葛藤は続いた。爆発しなかったのは、自分が美穂を好きだという感覚に蓋をして、感覚自体をマヒさせるくらいの気持ちになっていたからである。
確かに感覚はマヒしていただろう。美穂に対して見る目が、少し陰湿ではなかったかと思うこともあったが、それでも一時期だけのこと、自分がしっかりさえしていれば、何ら問題は起こらないと思っていたのだ。
同窓会を開こうと思ったのも、美穂に会えるのが嬉しかった気持ちもあった。卒業してしまってからは、もうリーダーでもサブリーダーでもない。付き合いだしたとしても、そこに問題は何も発生しないはずだ。
だが、お互いに環境が変わってしまうと、美穂を好きだった自分の気持ちを抑えることができるようになった。
――俺の気持ちって、たったそれだけのものだったのか?
と自問自答を繰り返したが、美穂を好きになったことを後悔するわけでもなく、却って楽しい思い出になるであろうと感じると、ますます同窓会が楽しみになった。
三年という月日は、坂出を変えていた。
会社に入って、上司のいいように使われた自分に気が付いた時には、さすがに憔悴したものだ。
それでも癒してくれるママがいたので、何とかなっていたが、その時すでに坂出は、自分が同じ場所にじっとしていられない性格であることに、初めて気づいたのだった。
貧乏性というのは、子供の頃から言われていた。
小学生の頃、家族で温泉旅行に出かけた時、宿に着くと、親はぐったりと疲れて、その場にへたり込み、部屋でくつろぐことしかできなかった。子供とすれば、これから楽しいことが始まると思っているので、宿の中から、まわりまでくまなく散策したいと思っても無理もないだろう。それは妹の亜由子も同じだったようで、お兄ちゃんにピッタリくっついて離れなかった。
そんな時に、親は、
「あんたたちも、ゆっくりしていなさい。そんなに勝手に出歩くもんじゃありません」
と、説教じみたことを口走る。
子供心に、
――何言ってるんだ。親がへたれて動けないから、僕たちだけで探検するんじゃないか――
と言ってやりたかったが、口に出すことはなく、ただ、親を睨むだけだった。
それでも、少しは後ろ髪を引かれたが、反発心の方が強く、