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三年目の同窓会

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 それでも一日をカウントできるのは、数日までだろう。忙しくなれば、自然と一年後に迫ったエックスデーを、カウントするのが難しくなる。なぜならば、過ごしていた一日一日が、同じ長さではないことを無意識にでも感じるからではないだろうか。
 一日があっという間だと思っても、一週間で考えると、かなり時間が掛かったように思う。それは、一週間前を思い出して、遠い過去のように感じるからであるが、逆に一日がなかなか過ぎてくれず、長かったと思ったとしても、一週間経って、一週間前を思い出すと、まるで昨日のことのように思い出せるからである。
 一日一日の重みが違い、記憶に鮮明に残っている日は、一日が長く感じるだろう。だが、そんな日は、記憶が鮮明な分だけ、思い出そうとすれば、まるで昨日のことのように思うくらいの錯覚を生むのである。錯覚だと言われればそれまでだが、錯覚も理論で考えれば、楽しいものだとは言えないだろうか。
 そんなことを考えるのが、坂出は好きだった。
「きっと三年経って、同窓会をすれば、皆懐かしい顔が並んでいて、話題は間違いなく三年前のことだ。まるで昨日のことのように思い出され、三年という期間が何であったか、その時だけは忘れることができるんだ。三年間、楽しい思い出ばかりだった人、紆余曲折を繰り返した人、波乱万丈だった人、それぞれに同じ思いで迎える同窓会には、それまでの人生をリセットできるだけの力を与えてくれる人もいるんじゃないかな?」
 と、感じた。
 ただ、リセットするのは、その人本人だ。あくまでも本人の意思がなければ成り立たない。リセットにタイムリミットはないが、訪れた機会に気付くか気付かないか、その人の性格と、それまでの人生に対する自分の思い入れによるものではないだろうか。
 実は、坂出と恵は、これが初対面ではなかった。
 恵の方から見て坂出は、当然のことながら、以前の雰囲気しか知らない、変わり果てた姿は誰が見ても、すぐには坂出だとは気付かないだろう。
 坂出の方としても、あまり人の顔を覚えるのが得意ではない。以前に会った時は、丁寧に化粧を施していたが、その日の恵は、ほとんどすっぴんに近いほどの薄化粧だった。
 二人とも気付かないのも無理はない。会ったと言っても、恵が譲と一緒にいる時に、偶然出会ったのが坂出だっただけで、坂出からすれば、譲の会社の同僚くらいにしか思っていなかったであろうし、恵の方としては、なるべく相手に付き合っていることを悟られないようにするために、相手の顔を見ないようにしていたからだ、
 恵は相手の顔を見ないようにしたのは、譲のためだった。自分としては恋人同士に見られるのは嬉しかったが、もし相手に悪意があり、譲の奥さんにでもご注進されてしまっては、困ると思ったからである。
 ただ、それも長い目で見れば自分のためである。保身の意味もあるが、今後、彼が言うように離婚してくれて、自分のことを真剣に考えてくれるようになるためには、今は奥さんにバレることだけは避けなければならない。
 その時は、ほんの二、三分の出来事、会ったというには微妙であろう。時間が経っているので、
――初対面ではない――
 という程度にとどめておくのが無難であろう。
 初対面ではないことに、先に気付いたのは、恵だった。やはり女性の記憶というのは侮れないもの。だが、
――初対面ではないかも知れない――
 という程度で、確信が持てるほどではなかった。
 最初に気付いたのは、宿に入った時に、男が、
「坂出です」
 と、名乗った時のことだった。
 坂出という名前を、初対面の時に譲に聞かされていたかも知れない。そして、少しだけでも、聞いた話を思い出した。
「坂出というのは、俺たちのグループの中ではリーダー格なんだ。でも、やつは決して威張ることのないリーダーだったので、それらしくないところもあったが、皆それぞれ信頼していたんじゃないかな? もちろん、この俺だって坂出には一目置いていたし、リーダーにはリーダーになる素質があるというのは、坂出を見ていれば分かる気がしたんだ」
 その時、初めて恵は、譲の口から奥さんの話を聞いたような気がした。
「俺の妻は、坂出をリーダーとするグループの一員でもあったんだ。名前を恵子っていうんだけどね。綺麗で、スタイルもいい、それでいてひけらかすこともなく、同じグループ内にいた女性の中のリーダー格の人に、いつも気を遣っていたかな? もちろん、他の人への気遣いも結構していたと思うんだ」
 誰が聞いても、のろけでしかないのだが、
――なぜ敢えて、この時に彼は私に、奥さんの話をしたんだろう?
 と、不思議に思えた。しかも内容はのろけである。
 それなのに譲は、奥さんと離婚しようと考えているようだ。どうにも矛盾している話ではないか。
 確かに矛盾はしているが、譲の表情には、矛盾を感じさせる迷いのようなものは感じられない。割り切った後のすがすがしさを感じるくらいで、もし本当に離婚を考えているのであれば、これから奥さんとの交渉が控えているのに、そんなに余裕でいいのかと、離婚を考えていること自体を疑わせるほどの落ち着きだった。
「離婚ってね、結婚の何倍ものエネルギーを使うっていうのよ」
「それは、別れようとする方も、別れさせられる方も同じなのかしら?」
「その人の感じ方によって違うんでしょうけど、私は、同じかも知れないと思うわね」
「要するに、どちらも同じくらいに傷つくということかな?」
「そうね、そういうことなんでしょうね」
「でも、それなら離婚しなければいいのに、そんな軽い気持ちで結婚したわけでもないと思うんだけどな」
「理屈通りにいかないのが男女の仲。あなたにも分かる日が来るかも知れないわね」
「ええ、でも分かりたくない。分かるのが怖いというのが本音よね」
 これは、風俗仲間の女の子との話の内容だった。実は風俗に勤めている女の子仲間との会話の中で分かったことは、どんな理由があるにせよ、風俗で働いている女の子は、心が弱いということだ。怖いなんて感情は日常茶飯事、だから、尽くすことに集中できるとも言える。恵は、仲間との会話の中で、いくつも感じることがあった。その会話をした時、すでに譲からは、奥さんと離婚するという言葉が出ていたからだった。
 奥さんと離婚するという言葉を聞いた恵は、複雑な心境になった。その時の心境が、きっと表情に表れていたはずで、今から思えば、
――そういえば、彼もおかしな表情していたっけ、まるで、ハトが豆鉄砲を食らったような顔っていうんだったっけ――
 と思ったほどだった。
 相手の顔を見て、その時、おかしいと思わなかったのは、それだけ相手のことを考えるよりも、自分の中の戸惑いが大きかったからに違いない。
 戸惑いとは、二つの思いだった。
 一つは、素直に嬉しい気持ちである。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次