三年目の同窓会
――また好きになれそうな男性が、すぐに現れるかも知れない――
と思った。
学生時代、あまり男の子に興味のなかった恵なのに、なぜか、告白してくる男性が後を絶えなかった。それほど綺麗というわけでもなく、目立つわけでもない。どちらかというと、どのグループに属すこともなく、いつも一人でいる女の子、それが恵だったのだ。
恵もそのことをよく分かっていたので、告白してくる男の子が多いことにビックリしていた。
しかし、いつも一人でいるとはいえ、友達がいないわけではない。そのうちの一人の友達と話をしていると、
「一人が似合うという女性だっているんだから、そんな女性を好きになる男の子も多いんじゃないかな? しかも、目立つ女の子を好きになる人たちとは違うタイプの男の子たちね。彼らは、きっと告白することを恥かしいと、断られたらどうしようなんていう感覚が薄い人たちなのかも知れないわね。告白したことに意義があるという思いでいるのかも知れないわね」
「じゃあ、私はお断りしても、あまりショックを受けないのかしら?」
「それとこれとは別よ。告白して断られたら、ショックを感じるのは同じ。受け止め方をうまくできるかどうかってことじゃないかしら? とにかく私たちにとって、あなたは羨ましい存在なんだから、逆に変な男を捕まえることだけはやめてほしいと思っているのよ」
学生時代は、結局誰とも付き合うことなく卒業した。卒業すると皆なかなか連絡が取れない。そういう意味でも、一人くらい告白してきたうちの誰かと付き合ってみたかったと感じていたのだった。
卒業してから、一人で旅行に出たことがあった。卒業旅行のつもりだったのだが、この時も最初から、誰かを誘う気にはなれなかった。一人旅をしてみたかったというのが本音だが、ひょっとして、そこで何かいい出会いがあるのではないかという気持ちになったのも事実だ。
――一人が似合う女性って言ってたっけ――
友達の言葉を思い出し、それが自分のことだというのを、再認識してみたかった。その時の一人旅の目的は、そんな甘い気持ちが強かったのだ。
ここを選んだのは偶然だった。
何かの本に載っていたのだが、別に宣伝していたわけではない。口コミに近い形なのだが、別に褒めているわけでもなかった。
――本当に、この人は、自分で行ってみて書いているのかしら?
と思わせるような文章にいささか疑問は感じたが、興味を持ったのも事実だ。今の自分にこそふさわしそうな所であり、ありきたりの温泉にはない何かを見つけられそうな気がしたのだった。
途中、神社に寄ったのは、なぜであろう?
新しく生まれ変わる気分になるための禊のようなものであろうか。お祈りをしているうちに、すがすがしい気持ちにもなってきた。これだと、温泉宿について一人でいても、別に辛くない気はしていた。まずは三泊。それから後の予定は考えていない。
ローカル線とはいえ、秘境と呼ばれていそうなところに鉄道が繋がっているとは意外だった。たぶん、JRが管理できずに廃止路線と定めたが、途中にある学校などの通学に困るので、地元住民が買い上げたのかも知れない。運営を地元に任されているというのも、ほのぼのした感覚になれて、嫌ではなかった。
神社は、ローカル線の始発駅にあった。JRの在来線でやってきてから、乗り換えまでかなりの時間があった。待ってもよかったが、それよりも、一本遅らせてもいいから、神社にお参りと、喫茶店でゆっくりするのもいいと思ったのだ。
ここの神社は、今の恵には皮肉だった。縁結びの神様だったからだ。
「まあ、いいわ。いつ出会いがあるか分からないもの」
と、わざと声に出して呟いたのは、自分に言い聞かせるという意味もあったが、誰もいないことを幸いに、呟くことは今までにも何度もあったことだった。
神社の境内までの、参道は、結構広く作ってあった。参道は一方通行になっていて、真ん中は人が通れないように仕切ってあり、木が植わっていた。左側を通る形になるのだが、途中の鳥居が見えてきた時は、
「もうすぐだわ」
と思ったが、鳥居を見ながら目指して歩いているのに、なかなか到達しない。どうやら、想像以上に大きな鳥居のようだった。
鳥居を見ながら歩いてきたせいか、遠さは感じたが、そこまで疲れを感じさせられるほどではなかった。
鳥居までくると、道は、そこで一本になって、鳥居を過ぎてから、さらに途中に門があるのだが、そこまで少し歩くと、その手前に手を洗うところがあり、水で手と口元をゆすいで、清めたのだ。
境内に入ると、それなりに人はいた。さすがに縁結びの神様、心なしか女性が多い気がしたが、アベックよりも、女性同士が多いのも不思議だった。女性同士できて、もし。片方だけに恋人ができてしまったら、そして、その人に恋人ができる気配がまったくなかったとしたら、それこそ騒動の元になるというものだ。
ここに来ている人はそこまで考えていないのか、それとも、友情は愛情よりも強いと思っているのか、それとも、まったくご利益を信じていないのかの、どれかであろう。
恵は、ご利益を信じる方だった。だが、今の自分には、ご利益は考えないようにしていた。
ご利益は、どうでもよかった。癒しになれればそれでいい。傷心の時間というのは、後から思い出すと淡い思い出になっていたりするもので、普段できない思い切ったこともできてしまう。神社に寄ってみたいと思ったのも、その思いが強かったからだ。
神社の鳥居の赤い色、あんなに鮮やかな赤は初めて見た気がした。
きっと、その向こうに広がっている空は、雲一つない透き通るような青さだったから、そう思ったのかも知れない。
神社には人の数よりハトの数の方が多い。どうしてなのだろう? ハトは平和のシンボルだと言われることもあるが、一斉に飛び立つ姿と、羽が軋む音には、何か心の仲を奮い立たせるものがあるように感じる。
特に、今の恵には、ハトの飛び立つ音は刺激が強すぎる。まるで自分を中心に、ハトが飛び立っていったような気がするくらいだったが、一緒に、そのまま自分も空に浮き上がって行ってしまいそうな気がしたくらいだ。
ハトに驚いて、まわりを見渡すように、その場でくるりと一回転すると、一瞬、自分がいる場所がどこなのか分からなくなっていた。傷心旅行の初日で、最初の目的地の神社の境内にいるということを思い出すまでに、結構な時間を要したのだった。
思い出すまでには、何段階も必要で、まず失恋した時から思い出さなければいけなかった。
自分の職業や、譲がそばにいたことまでは覚えているのだが、そこから急に記憶が飛んだのだ。それだけ、失恋は恵にとってショックだったのだろう。本人はそこまでの自覚はないようであるが……。
さらに恵はその時、すぐそばに、ごく最近まで自分に関わりのあった人の知り合いがいるなど、気付くはずもなかったのだ。
そう、坂出とはここからすでに行動を共にしていたのだ。もちろん、坂出が自分と関係のある人物に当たるなど、思いもしなかった。偶然とは、いつ、どんな時も、どこにでも転がっているものなのかも知れない。
「俺は一体、何に疲れたというのだろう?」