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三年目の同窓会

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 恵は、譲のような客が一番好きだった。素直で何事も正面から見つめるような目で見つめられると、思わず逸らしそうになる目をぐっと堪えて、彼を見返す。これも、嫌々している仕事だったらできなかったに違いない。
 譲が次に現れたのは、一週間後だった。
 恵にとって、一週間は、短いものだった。毎日数人のお客さんを相手にして、一日が終わっていく。サラリーマンも毎日決まった仕事をして終わるのだから、それほど時間の感覚は変わらないと思うのだが、恵は「接客業」だと思っている。そのおかげで、一日は思ったより長く感じられたが、それが一週間単位となると、今度はあっという間に過ぎるような気になるのは、不思議なことだった。
「あら、またいらしてくれたんですね?」
「ええ、あなたに会いたいと思ってですね」
 もちろん、その時はただのリピーターだとしか思わなかった。それでいいとも思っていたが、それでも好きなタイプの男性なので、彼に対する気持ちは、態度に序実に現れたのだ。
 彼が敏感に反応してくれるたびに、心が躍り、自分も興奮してくるのを感じた。
――どうしてなのかしら?
 プレイ中に自分が感じるなどということは、あってはならないと思っていたし、実際になったこともなかった。心の微妙な変化に譲も気が付いたのか。
「何か、この間と雰囲気が違った気がしたんですけど?」
「えっ、私が失礼なこと、しました?」
「いえいえ、そうじゃなくて、あなたの優しさが感じられたんです。それも、まるで恋人同士のような感覚ですね。僕は忘れていた感覚をあなたが思い出させてくれるかも知れないと思って、今日も来てみたんですけど、正解だったですね」
「忘れていた感覚というのが、恋人同士のような感覚ということですか?」
「うん、一口に言ってしまえばそういうことになるかな? でも、それだけじゃないような気もします」
 彼が何を言いたいのか、ハッキリとは分からなかった。その時はまだ、彼氏と一緒にいる時だったので、心境の変化など起こりそうもないと思っていた頃だ。逆に心境の変化を起こすことが怖かった。それによって、今の生活が崩れてしまうのを恐れたからだ。
 だが、あとから思えば、この感覚自体が、すでに心境の変化だったのかも知れない。生活は事実として崩れてしまい、残ったのは寂しさだけだった。だが、考えてみれば、その寂しさを埋めてくれるのは、やはり人なのだ。彼がいなくなって寂しい中で恵は、人と話をすることに、今までと違った暖かさを感じるようになっていた。
――寂しさはいずれ解消される。いつまでも引きづっていくものではないんだわ――
 と思うと、気が楽になってきた。
 確かに身体の寂しさは、精神の寂しさを伴って、容赦なく恵を責めたてたが、そこで、負けることさえなければ、あとは、人の暖かさが、癒してくれる。それでも身体の寂しさを解消するのは、人から与えられる癒しであることを分かっているつもりなのだが、暖かい言葉だけでは、なかなか癒しには繋がらない。恵自身が、癒しを求める気持ちを表に出さなければいけないのだろう。
 癒しを求める気持ちを表に出すなど、考えたこともない。それは癒しを与えることを誇りにしている自分に背くことになるように思えたからだ。だが、実際に寂しさを覚えてしまうと、暖かさが恋しくなる。
――きっと、私に会いに来てくれる人たちは、私が今求めているものを私に求めてやってくるんだわ――
 と思うようになった。
 それなら、恵自身が、苦しい時、客に癒しを求めてもいいではないか。求めた癒しにどう答えてくれるかが、これからの自分の生きる糧になるのだ。そう思うと、甘えることも、大切なことだと思えるようになっていった。
 だからと言って、誰にでも甘えるわけにはいかない。一方的に癒しだけを求めてくる人に、癒しを求めるわけにはいかないからだ。そういう意味では、譲の懐の深さは分かっているつもりだ。彼に甘えることも彼の心に答える一つの方法ではないかと、恵は考えるのだった。
 譲に奥さんがいるのを知ったのは、それからまた一週間後に彼が来てくれた時だった。
「君が相手だと、何でも話せる気がするんだ」
 と言ってくれた。その時に、彼は自分が独身ではないことを告白してくれたのだった。
「落ち着きを感じたので、そうかも知れないとは思っていましたよ」
 ここでいう落ち着きとは、精神的な余裕と言いかえることもできるだろう。そのことを分かってくれているのか、譲の顔が余裕に満ちた笑顔に変わった。今の恵が一番癒される顔である。
 その表情を見て、微笑み返す恵であったが、今さらながら、人の笑顔に癒されるというのが、こういうことなのだと気が付いた。言葉を交わすことなく、思いが通じるのは、やはり表情やアイコンタクトによるものであろう。そこに感じるものは新鮮さであり、自然な感覚であることが、恵に懐かしさを感じさせるのだった。
 懐かしさと言っても、漠然としている。いつの頃のことで懐かしさを感じているのか、相手が誰だったのか、その人に対して、自分がどんな感覚になったのかなど、思い出せない。
――別に思い出す必要はないか――
 懐かしさという一言だけで十分だった。逆に余計なことを思い出してしまうよりも、今を大切にすることが先決だ。そのためには、懐かしさという爽やかな風がアクセントとして混じっている方が、ありがたかった。
 その風には、匂いがあった。時には柑橘系の匂いだったり、金木犀の香りだったりで、つまりは、今までに懐かしさを感じたことは一度や二度ではなかった。
 彼と一緒に住んでいる時には、何度かあった。それは、社会人一年生が掛かる「五月病」と言われるものと似ていた。学生時代にはそれなりにいた友達とも連絡を取ることもなく、もっとも取ろうと思っても、皆それぞれに忙しく、なかなか恵の相手をしてくれるような人はいなかった。
――私は孤独なんだ――
 彼がいるのだから、贅沢だと思うことで、病気のようになることはなかったが、その代わりに、懐かしいという思いを時々感じるようになり、懐かしいという思いのあとに襲ってくる寂しさが何とも言えない雰囲気を自分にもたらしていた。
――まるで自分じゃないみたいだわ――
 と、感じていたりした。
 懐かしさを譲に感じながら、その懐かしさが恋心に変わっていくのを感じていた。同じ懐かしさでも、譲と、それ以外の時とではまったく違っている。
 癒される懐かしさ、余裕を感じさせる懐かしさ、暖かさを含んだ懐かしさ。それが金木犀の香りをもたらした。譲に対して感じた恋心の発端は、間違いなく「懐かしさ」だったのだ。
――どうしてなんだろう?
 今まで感じたこともない疑問が恵を襲った。それは、誇りを持っていたはずの風俗嬢としての仕事に、疑問を感じてきたからだ。もちろん、その原因が譲にあることは分かっている。分かっているのだが、誇りにしていた仕事に対して疑問を感じるほどではないはずだ。
 何よりも、生きがいだとまで思っていたはずではないか。疑問は次第に嫌悪へと繋がり、――自分を嫌いになるのって、こういうこともあるのね――
 と思わせたほどになっていた。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次