三年目の同窓会
ただ、それを認めたくない自分もいて、彼氏だと思いながらも、どこか冷めた目で見ていたところもあった。複雑な心境で、曇りがちだった気持ちに晴れ間が見えたという意味では、彼がいなくなってくれたこともある意味では、悪いことではなかったのだ。
お店に来る客の中には、恵を口説いてくる人も少なくはなかった。本当は許されていないのに、店外デートを申し込んでくる人だ。彼氏がいたこともあって恵は、そのすべてを断ってきた。彼氏に悪いということだけではなく、せっかく誘ってくれた人を欺くことになるからである。
――彼氏がいるのに、誘ってくれるなんて――
心の底では感謝していたのだ。本当なら、デートしてあげたいと思うのだが、それは誘ってくれた人を裏切ることになる。それは相手が客というだけではなく、男性として、してはいけないことだと思った。
彼氏がいなくなって、一人が訪れた。元々一人だったので、高校卒業の頃に戻っただけのことであるのに、寂しさの度合いが、あの事と違っていた。考えてみれば当たり前だ。好きになった人がいて、その人とずっと一緒にいられると、思い込んでいたのだからである。
それでも風俗は辞める気にはならなかった。逆に風俗で生きていくことが、自分の生きがいなのだと思うようになっていた。
――世間では風俗を悪く言う人たちがいるけど、どうしてなのかしらね? 一番世の中に必要なことだと思うんだけど――
と、恵は思っていた。
人間の三大欲と言われる、中の性欲を満たすためであり、風俗がなければ、欲求不満のはけ口を求める先がなく中には犯罪に走る人もいるだろう。そう思えば、風俗は立派な人助けであり、世の中に貢献しているはずである。
――それなのに――
理不尽な世の中を疑問に感じながらも、それでも自分は誇りを持って働いている。そして、
――今日も、私を求めてやってくる男性に、たっぷりとご奉仕してあげることが私の天職だ――
と思って働くことで、彼氏への思いが徐々に吹っ切れていった。吹っ切れてしまえば、自分の天職を間接的にではあったが与えてくれた彼氏に対して、感謝するくらいの気持ちに余裕が生まれてくるくらいだった。
だが、寂しさは拭いきれるものではなかった。精神的な寂しさよりも身体的な寂しさが募ってくると、分かってきたことがあった。
精神的な寂しさを感じる時というのは、本当に精神的な寂しさが癒されればそれだけでいいのだが、身体的な寂しさは、身体的なものだけではなく、精神的な寂しさも癒されないと、本当に寂しさを解消できるわけではないということだった。
風俗で働き始めて最初に感じた寂しさは、精神的な寂しさだった。
――彼氏がいるのに、どうしてなのかしら?
それは彼氏がいても関係のない寂しさで、もっとも彼氏が次第に恵の気持ちよりも肉体に溺れているのではないかという疑念を抱いた時だったのだが、精神的な寂しさを抱いた時に感じた疑問によって、彼氏が自分に肉体的な欲求のみを求めているのではないかという思いが打ち消される結果になったのだ。だから、恵の中で、
――彼氏の気持ちが自分の肉体だけを求めたことはないんだ――
という思いに繋がっていた。
それを分かっているのに、恵の中で釈然としない思いがあった。それでも思い出せないのは、風俗のことを彼に隠していたことが大きかったのではないだろうか。
――風俗嬢だと言えば、彼に嫌われるかも知れない――
という思いが強く、
――もし、彼と風俗の仕事のどちらを選ぶ?
と聞かれたら、どう答えていただろう。
途中から、恵の中での風俗の仕事は、恵自身を一番表しているものだと自分で思うようになっていた。言い換えれば、風俗の仕事を辞めれば、自分ではなくなってしまうのではないかと思うほどである。
彼がいなくなってから最初の頃は、精神的な寂しさが恵を襲っているものだとばかり思っていたが、実は勘違いであることに気が付いた。
――肉体的な寂しさなんだ――
恵は風俗嬢と言っても、本番を禁止している方の仕事だった。彼氏がいることで、彼氏に対してのせめてもの罪滅ぼしのつもりでいたのかも知れない。
だが、その彼氏ももういない。
一人でいる寂しさを身体でも味わうことになる。その時に初めて寂しさが倍になっていることに気付いた。肉体的な寂しさを初めて感じたのである。
皮肉なもので、彼氏と別れてから、恵を誘う男性はいなくなった。
いくら寂しいと言っても、恵自身が誘いを掛けるわけにはいかない。恵の中で持っているルール違反になるからだ。それでも、サービスにも影響してくるもので、恵の常連客も心配してくれているが、理由を話すところまではいかなかった。
そのうちの一人に一人のサラリーマンの人がいる。その人とはプレイが終わったあと、時間までゆっくりお話をするのだが、密かに恵はその人に憧れていた。
顔はパッとするタイプではなく、女性にいかにもモテなさそうな雰囲気だ。もっとも風俗に足しげもなく通うのだから、モテる男性ということもないだろう。
それでも、恵はどの客よりも、彼に憧れを持っていた。一口に言えば、癒しを与えてくれる人だったからだ。彼の癒しは他の人とは少し違っていて、
――どこから、そんな魅力が現れるんだろう?
と思っていたが、話をしているうちに分かってきた。
彼には、奥さんがいた。奥さんがいても風俗に通うのは、どういう神経なのだろうと最初は恵も思ったが、
「僕は寂しいから、ここに来るんじゃないんだ。寂しかったら、却って一人でいるかも知れないね」
と、言っていたが、理解に苦しんだ。
それでも、次第に彼のことが気になってくると、
――この人は、一人でも大丈夫な人なんだ。それなのに、私に会いに来てくれているのは、私の中に、懐かしさを感じてくれているのかも知れないわ――
そう思って、会話の中でそれとなく、自分の感じた思いを話してみると、
「そうなんだよ。君は僕が以前感じた懐かしさを秘めていて、それを僕自身忘れてしまっていたことを君自身が思い出させてくれたんだ。だから、僕は君に感謝しているし、こんなことを言ってはいけないのかも知れないが、愛おしいとも思っているんだ」
恵はドキッとして、自分の中で何かが弾けたような気がした。
――私が探し求めていた人は、この人だったのかも知れないわ――
誰かを捜し求めていた意識もなかったのに、いきなりそう感じたのだ。そう思わせるだけの力が、彼の目にあった。彼に見つめられると、恵は今までのことをすべて清算できるのではないかと思えたほどだ。
男の名前は、譲と言った。苗字は教えてくれなかったが、それで十分だった。
譲は、ここ半年くらいの常連で、彼氏が出て行く少し前に、店に初めてきた客だった。
「僕は今まで風俗の経験はなかったんだけど、君みたいな女性がいるなら、常連になるかも知れないな」
もし、恵が嫌々風俗嬢をしているのであれば、社交辞令にしか聞こえなかっただろう。それでもお世辞かも知れないと思いながら嬉しかったのは間違いなく、
「ありがとうございます、そう言ってくださると、嬉しいわ」