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三年目の同窓会

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 自分が、亜由子に好意を持っている中で、さらに抱いてはいけない妄想を抱いてしまっているのは、自分の発想が、セックスに傾いているからだけではない。亜由子が川崎を見つめる目。あれは、救いを求めるような目であった。
――何に、そんなに怯えているのだろう?
 怯えを感じる相手に対して、川崎は、必要以上に強い意識を持ってしまう。相手が女性であれば、特に怯えから救いを求めている目に対して、男としての感情が湧いてくるのだった。
 坂出にも自分と同じような感覚があるのを、川崎は知っていた。鍋島由美子から怯えを感じさせる救いを求めるような目を浴びせられれば、まず、妄想を抱いたに違いない。
 妄想の世界に入ると、そこで、まわりのことが一瞬見えなくなる。妄想を抱いている時間はあっという間で、すぐに我に返ると、今度は、不思議そうに覗き込む相手の目を感じると、衝動的に抱きしめていることであろう。
 鍋島由美子が坂出にどのような印象を持っていたか分からないが、よく見ると、ママと似ているところを強く感じるのだ。
 抱きしめられた鍋島由美子はどんな態度を取るだろう。抵抗はするだろうが、それが叶わぬと知った時、坂出の腕に抱かれる覚悟をするのだろうか?
 鍋島由美子は、坂出を慕っているのを見ることができた。だが、それは会社の同僚としての彼を慕っているように見えるだけで、それ以上は見えてこなかった。
 坂出は鍋島由美子を抱きしめることをしなかったように思う。だが、どこかの成り行きからか、一線を越えてしまったのは間違いないだろう。慕っている目とは別に、必死になって坂出を探しているのは、彼に会って確かめたいと思っていることがあるからのようだ。それは本当に自分のことを好きなのかどうかということではないかと思う。他に今まで関係した女性がいても、鍋島由美子には関係ない。他の人のことよりも、まずは自分のことなのだ。
 川崎は、女性に対して、逆のイメージを抱くのではないかと思っていた。
「まず、この私が一番なんだ」
 と、心に強く思っている女性は、プライドが高い。そのため、相手の男性に求められても、抵抗することがある。シチュエーションを大切にして、身体は二の次だと思わせようとする。
 逆に、自分が一番でなくてもいいと思っている人は、控えめなところもあり、相手が求めてくると、控えめなところがあるゆえに、相手の求めには素直に従ってしまう。そこには自分の本能も若干含まれていて、シチュエーションよりも、まず嫌われたくないという思いが強いのではないだろうか。
 一線を越えてしまったのは、お互いに相手が一番でなかったことから生じた感覚だ。浮気や不倫とは少し違った感覚なのだろう。成り行きだけで、それ以上はお互いに感情が湧かなかったに違いない。
――寂しさをお互いに共有しあった?
 その考えが一番しっくりと説明がつく気がする。
 お互いの寂しさを埋めることだけで一線を越えたのだとすれば、納得のいくことだろう。納得させるために、後から取ってつけたその時の心境だとでもいうべきであろうか。
――多分、鍋島由美子の中では、一時だけ超えた一線だとして、すでに過去のことになっているんじゃないかな?
 と思えた。
――でも、それは過ちだったという感覚ではなく、坂出が鍋島由美子にとって、素敵な男性としてのイメージを残しておきたい――
 という気持ちの表れなのかも知れない。
 だが、坂出にとってはどうだったのだろう?
 日記の中に綴られている鍋島由美子と思しき部分は、一か所で、しかもすぐに分かるものではなかった。
――ということは、一瞬だけ、坂出は鍋島由美子のことを日記に綴りたい相手として書いたことになるんだ――
 その時が、一線を越えた時なのだ。
 一線を越えて我に返った坂出、鍋島由美子と毎日顔を合わせているうちに、最初は感じなかった、抱きたいというイメージが、フルに達した時、坂出は鍋島由美子を抱いた。その時、鍋島由美子もフルに抱かれたいという気持ちがあり、お互いの気持ちが交錯したに違いない。
 坂出の好きなタイプではないはずの鍋島由美子の存在は、坂出の中に、何かの心境の変化をもたらした気がする、
「俺が女性を抱くとすれば、何かの理由が必ず存在する。存在しなければ、その時に初めて生まれるものがあるはずで、残しておきたいものになるんじゃないかな?」
 奇しくもそんな話をしていたのを思い出した。由美子という女性が自分にもたらした事実、それは、心境の変化を与えるという影響力だったに違いない。

              第四章 旅先

「私はどうして、ここにいるんだろう?」
 一人の女性が、車窓から、海を見ながら、一人呟いていた。
 まだ、電化もされていない、今時珍しいディーゼル車に乗り込み、早一時間。目的の駅までは、まだ一時間半くらいある。ここまでの一時間を考えると、この後の一時間半もあっという間ではないかと思えた。
 この先には、終点に温泉があるのと、途中には学校があるくらいで、隣の車両には学生が数人と、老人が数人乗っていて、乗客の目的地はハッキリとしていた。
 彼女が乗っている車両には、もう一人男性がいるが、彼はまだ若かった。
――まだ、三十歳にもなっていないかしら――
 と思えるほどで、彼の場合は目的地が分からなかった。
 この先の温泉は、観光ブックにも載っているわけではない、本当にローカルな温泉で、秘境と言ってもいいほどの場所である。鉄道が敷かれているだけまだマシで、鉄道がなければ、本当に陸の孤島。近くの老人たちだけの知られざる温泉として、これからもずっと成り立っていたかも知れない。
 この温泉に辿り着いた人間は、二種類である。
 ここで気持ちを癒されて、気持ちをリフレッシュし、心身ともにリセットができて、帰っていく者。
 または、リフレッシュできずに、そのままの気持ちを引きずったまま、しばらくここにとどまっている人、
 この温泉には長期滞在の人もいるというが、そういう人たちがほとんどだという。
 窓の外から見える海に、夕日が沈みかけていた。このままいけば、温泉に着く頃には日が落ちているに違いない。
 夕日を浴びていると疲れが襲ってくる。だが、彼女には、この気だるさが、今は心地よいのだった。
――あそこにいる人、そういえば、さっきも一緒だったわ――
 この列車に乗り込む前に訪れた神社があったのだが、
――どうして神社になんか訪れたのかしら?
 我ながら目的のない観光に苦笑したのだが、何よりもお賽銭まで入れて、お祈りをした行為について、自分で可笑しくて仕方がなかった。
――今さら、お祈りすることもないはずなのに――
 と思った。
 お祈りとは、これからの自分や、自分のまわりにいる人たちの幸運を祈って、参るものだと思っていたのに、
――今の自分に一体何があるというのだろう――
 としか思えないのだった。
 その時、彼女の隣にいたのがこの男性で、彼は絶えず無表情だった。
 ただの無表情ではない。
 彼女には無表情になる気持ちが分かる。それは人に意識をさせないように、気配を消そうという意思が働いている時である。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次