三年目の同窓会
ただ、坂出は、ここから出て行った。その後の行方をくらましているのだが、ここに出てきた女性の元に向かったのではないかという発想も浮かんでくる。ただ、それはママにとっては辛いことなのかも知れない。
出会うべくして出会った相手だと思っているママに、このことは言えないでいた。ただ、時間が経てば経つほど、言いにくくなるということもあり得ることだ。
「ママは、坂出のことをどこまで知っているんだい?」
「実は、私自身、もっと彼のことを知っていると思っていたんだけど、実際には、何も知らなかったんじゃないかって思うようになったんです。それも段階を追ってですね」
「段階ですか?」
「ええ、最初は、彼が会社の話を少しずつ私にし始めた時ですね」
「どの時はどうだったんですか?」
「ちょっとだけ、他人のように思えました。彼が会社の話をしないのは、私との時間を大切にしてくれているからだと思ったんですよ。でも。次に会社の話をしてくれるようになった最初は、本当は嬉しかったんです。なぜなら、私を癒しとして求めてくれていると思ったからですね。人の癒しになりたいと思うのは、私の理想なんですよ」
「理想というと?」
「理想の恋愛論というんでしょうか。頼ってくれることが私を大胆にしてくれるんです。大胆になると、私は相手に尽くすことと、相手に求めることの共通性を探し始めるところがあって、それを見つけてくれる相手が、私にとっての本当の相手ではないかって思っているんですよ」
何となく分かる気がした。川崎も大胆になれないだけで、相手に大胆になることができれば、きっと相手から好かれるに違いないと思うようになっていた。今、その思いを抱いている人というのは、ママではなく、亜由子にであった。
この間、話をした鍋島由美子にも同じような感覚を抱いたが、鍋島由美子の後ろに見え隠れしている直子のイメージが重なることから、鍋島由美子に対しては抱いてはいけない感覚だと思うようになっていた。
川崎が、坂出の消息を探すようになったのも、亜由子が訪ねてきたからで、亜由子が今一番頼れる相手が川崎だというだけで、本当は、亜由子に対して抱いてはいけない感覚なのかも知れない。
そんなことは分かっているつもりだった。他の女性だったら、きっと一緒に探すことはあっても、亜由子に対してのような気持ちが浮かんでくることはないだろう。
「それは、亜由子の兄が坂出で、坂出の妹が亜由子だからだ」
と、自分に言い聞かせている。この二つの思いがあるから、川崎は、亜由子に対して特別の思いを抱くのだ。
「恋愛感情には関係ないことのはずなのに」
恋愛感情というのも、まわりの環境や環境に左右される心情に影響しているものなのであろう。
その思いに、川崎のこれからを暗示するものがあるように感じたのである。
ママと一緒に探す前に、川崎は確認しておかなければならないことがあった、もう一人のママの存在である。
どこのスナックなのか想像もつかなかったが、そのキーポイントを握っているとすれば、それは鍋島由美子だった。
鍋島由美子とは翌日連絡を取り、あらかた日記で得られた内容を話してみた。これはママとの約束をたがえてしまったことを意味するのかも知れないが、鍋島由美子には、ある程度のことを話してやらないといけないという思いがあった。そうでなければ、彼女はこのままの状態を続けていると、坂出からの呪縛から逃れられなくなってしまう。彼女を救うことは、まず第一に坂出の居場所を突き止めることで、そこから先のことは、後で考えればいいことだったのだ。
「川崎さんは、どうして、私にここまでしてくれるんですか?」
「これが一番いいことだと思っているからさ。あなたにだけのためではない。こればすべての面でいい方に向かっているって信じているからさ」
「坂出さんを探すことが、まずは一番なんですよね」
「そういうことになるね。だから、知っていることがあったら、協力してほしいんだ」
「分かりました。私もなるべく思い出すようにします。でも、まさかいなくなるなんて思ってもいなかったから、正直、ほとんど意識していなかったかも知れません」
「彼が、失踪するとは、まったく思っていなかったというんですか?」
「ええ、何かお一人で悩んでおられるのは分かったんですが、ただ、失踪したとすれば、会社のことではなく、坂出さんのプライベートなことだと思うんです。そういえば、誰か女性のことでお悩みでしたよ。とても身近な女性で、しかも、今の今まで悩む要素のなかった相手だって言ってました」
「ということは、その時に関係のあった女性ということですか?」
スナックのママの話を敢えて伏せたが、
「そういうわけでもなさそうでした。身近に感じていた相手に対して、悩んでいる様子ですから、女性と付き合っていたとすれば、もう少し違った感覚ではないかと思うんです」
少し寂しそうになった鍋島由美子の表情は、どこか、亜由子にも似ていた。だが、一番似ていると思っている直子が今どんな雰囲気になっているのかを想像してみたが、同窓会に来ていなかったのを思い出すと、次第に、直子のイメージが、鍋島由美子に吸い込まれていくような錯覚に落ち言うのだった。
「私は、妹さんに会ったことないので何とも言えないんですけど、どうやら、坂出さんが気にしていた女性というのが、妹さんじゃないのかって思ったんです。もちろん兄妹なので、別に悩むことはないと思うんですけど、でも、ずっと以前から知っている女性だということは何となく分かっていました」
ずっと前から知っている? やはり亜由子のことであろう、
妹のことで何か、突発的な悩みができたのだ。それを、いつもなら誰にも言わずに自分の胸だけにしまっているはずなのに、それをしまい込むことができなくなり、つい鍋島由美子に話したのだろう。
ただ、坂出が鍋島由美子に話をしたのが、どのようなシチュエーションだったのかが、気になっていた。
――ベッドの中だったのかも知れないな――
と思って、彼女を見ると、鍋島由美子は目を伏せて顔を赤らめているかのように見えた。それは川崎が自分で感じたことが、現実になることに最初に気付いた瞬間でもあった、
もちろん、確率的には低いが、まったくないわけではない。特に鍋島由美子に感じた思いは、まるで以前から知り合いだと思わせるもので、行動パターンが読み取れるほどだった。
ベッドの中での行為よりも、鍋島由美子は、むしろ、事が終わったあとの時間を至福の時と思っているのではないだろうか。
果てた後の気だるさに身を任せていると、懐かしさがこみ上げてくるのは、川崎だけではないだろう、坂出も同じなのではないかと思うと、坂出が鍋島由美子に話をした内容が、ベッドの中での話ではないかと思ったのも納得がいく。ベッドの中での話でなければ、できない話ではないだろうか。
――亜由子はベッドの中で、どんな話をするのだろうか?
してはいけない想像をしてしまったことを、次第に後悔してくる川崎だったが、この思いは、自分がこれから味わう思いの中でも、避けて通ることのできないものなのではないかと思うことであった。