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三年目の同窓会

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 ひょっとすると、会話のように書かれているが、相手の一方的な話だったのかも知れないと思うと、常連さんとの会話をまるで物語のように完成させようという意図が、坂出にはあったのかも知れない。
「そういえば、坂出は高校の時に、小説家になりたいなどと言っていたことがあったな」
 どこまで真剣だったのか分からないが、文章に対して、敏感だった頃があった。川崎は元々文章を書くのが苦手だったので、そこで、坂出との接点はなかった。忘れていたことを日記が思い出させてくれたのだ。
 坂出の日記は、それだけで、一冊の文庫本になりそうなくらいだった。内容としては、何日にも同じ内容がまたがっていることもあれば、短日で完結しているものもある。もし、この頃に、少しでも坂出と付き合いがあったのなら、もっと大スペクタクルに感動していたかも知れない。
 ただ、知らないからこそ、想像力が豊かになるというものだ。日記は元々人に読ませるものではない。だから、余計な体裁や恰好をつける必要もない。それだけに、楽しい話を書けたり、楽しくない話でもリアルさを求めることができるのだろう。
 むしろ、何日にも渡って綴られている内容は、楽しい話はほとんどない。切羽詰っていたり、書くことで、自分の中の気持ちを整理させようとしているようだ。実名が登場するわけではないが、仕事の問題や、会社でのストレスも後半になると出てくる。
 半年後からは、話の内容が定まっているわけではなかった。どちらかというと、妄想的なものもあり、興味深いものであった。
 最初に付き合った女性の後、女性と付き合ったという話は出てこないが、自分の女性観について書かれていた。他に書くことがなかったのか、それとも、本当は付き合っている女性がいて、付き合っている女性のことを書いてしまうと、その人がいなくなってしまうのではないかという思いを危惧していたのかも知れない。
 川崎がもし日記を書くとすれば、坂出の日記とは少し違うものを書いているだろう。元々日記を書くのは好きではない。作文が嫌いだったのと同じ理屈で、ノンフィクションというのが嫌なのだ。
「事実を書くのだから、キチンと書けて当たり前」
 という思いが川崎の頭には強くある。
「何もないところから作り出すのが、文章や絵画などの芸術と呼ばれるものの醍醐味なのだ」
 という思いが根底にあるからだ。
 坂出の日記を見ていると、最後の方は、まるでもう二度と会えない人への思いを打ち明けているようだった。
「この日記は、妹さんにも見せられないものなんでしょうね」
 とママが言った。
「そうですね。僕は止めておいた方がいいと思います。余計な心配を煽るだけだと思うんですよ。特に最後の方になればなるほど、肉親なら、感極まった気持ちになるんじゃないかと思いますね」
「そうでしょうね。私は妹さんのことを知らないから、よく分からないんですよ」
 川崎も、亜由子のことをそれほど知っているわけではない。だが、亜由子の雰囲気はママの方がよく察していたようなので、川崎よりも見方がストレートかも知れない。少なくとも男の川崎の目には、相手が女性であるという、女性が女性をストレートに見る目と違うものがあるようだ。
 坂出も川崎と同じような目で、妹を見ていたとしたら?
――何を俺はおかしなことを考えたんだ――
 と、すぐに打ち消したが、この感覚をこの時に感じてからというもの、事あるごとに、亜由子と坂出の関係を、普通の兄妹として見ることができなくなっている自分に気が付いていた。
――ママにも、何か感じるものがあるのかも知れない――
 坂出の日記を見せるにあたって、最初から川崎だけを呼び出したのは、当然のことだったのだろう。
「川崎さんは、この日記を読んで、どう思われました?」
「どうって言うか。坂出らしさが出ていると思いました。でも……」
「でも、どこか釈然としないところがあるんでしょう?」
「ええ、そうなんですよ。坂出だったら、もう少し違った表現をしそうなところもあるかと思ってですね。元々言葉を使うのがうまいやつだったので、最初の方は、さすがだなと思うところも多かったんですが、途中から、言葉がストレートに感じられるんですよね。坂出らしくないとも思ったんですが、逆に彼らしくもあるような気がします」
「ええ、坂出さんの一番の魅力は、正直なところだって思ってたんですよ。だから、日記の最初の方が、私にはあの人らしくないと思えるんですよね、次第に自分の気持ちをあらわにしてくるのを見て。私は却って安心しているんですよ。日記を書いている中で、彼がどこか我慢しているところがあるように思えていたのが、次第にほぐれていく。やっと彼らしくなってきたことが嬉しいですね」
「そんな時にあなたに出会ったんでしょう?」
「そうですね。だから、日記を見ていると、彼との出会いは、必然であって、出会うべくして出会った相手だって思うようになってきました」
 ママの言葉は喜々としていて、これがママの本心なのだということが垣間見えたのだった。
 川崎は、日記を読み込んでいくうちに、不思議なことに気が付いた。
――自分のことは自分ではよく分からないというが……
 日記を見ていて、ふと気が付いたのが、日記に出てくるママさんが二人いるということである。
 終盤になると、ハッキリと「スナックのママ」というニュアンスの雰囲気を感じさせる女性が出てくる。ママは、それをどうやら自分のことだと思っているのだろう。そして、そうでなければ、いくら相手が川崎だとしても、日記を他の人に魅せようという気にはならないだろう、むしろ、川崎だからこそ、見せたくないと思うのではないか。
 川崎は、ママが自分の中に、坂出に見たものと同じようなものを見ていることに気が付いていた。
 ここに登場する女性は、確かにほとんどが目の前にいるママのことであるが、ママの話が出てきた最初のところは、少し辻褄が合っていないような気がしていた。
 ママの様子を話しているところで、最初の方のママは、どこか気弱で、自分が何とかしなければいけないと思わせる雰囲気がある。だが、実際に目の前にいるママにはそんな雰囲気は微塵も感じさせない。それでも、ママ自身、自分の中にある弱い部分を知っていて、それを他の人に知られることを必要以上に気にしている。それだけに、弱い部分を人に指摘されると、認めなければいけないという思いを、自分の運命のように思っているのかも知れない。
 ママは日記に出てくる気弱な女性を、自分だと思い込んでいるに違いない。坂出の性格であれば、いくら日記であって、他の人に見られないものだと思っていても、ママのことをいきなり、掘り下げたような書き方はしないに違いない。それほど自分の洞察力に自信を持っていないからだろう。
 その時に坂出は他の女性も意識していて、気弱なところがあり、放っておけないという気持ちを素直に綴っただけなのかも知れない。それ以降に日記に出てくるのは、目の前のママのことだけ、それ以外は眼中にないのだった。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次