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三年目の同窓会

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「いえいえ、私は性格的に待ち合わせの時間の二十分前には、待ち合わせ場所に来るようにしているだけなんです。お気になさらないでください」
 お店のカウンター越しの表情とは明らかに違う。昼下がりの自然な明かりが差し込んでくる店内では、昨日見た人と同じ人なのかと思うほど、新鮮だった。
 化粧は施しているのだろうが、まったく化粧を感じさせない。それでいて肌が綺麗に見えるのだから、よほど手入れが行き届いているのか、思わず感心してしまったくらいであった。
 言葉遣いも、お店とはまったく違う。今日の方が丁寧なのだが、それでいて、他人行儀でもない。
――こっちの方が本当の性格なのかも知れない。坂出がもしママを好きになったのだとすれば、それも分からないわけではない――
 と思った。
 坂出にとって、ママがどんな存在だったのか。それは今となっては分からないが、坂出という男が、そう簡単に女性に惚れる男ではないことは、川崎は知っていた。しかも相手はスナックの女性。スナックの女性だからというわけではないが、坂出がなかなか女性を好きにならないのは、相手の後ろに見え隠れするものがあれば、憂いをすべてなくさなければ相手を好きになることをしない慎重な男だからだった。
 ママが坂出のことを気にしているのは、本当に愛しているからのようだった。ただ気になっているだけだったら、本当にここまでするか分からないだろう。坂出という男は、いなくなってすぐよりも、次第に存在が膨れ上がってくるまでに、少し時間が掛かるのかも知れない。その方がジワジワイメージが湧いてきて、好きになる理由を、自分なりに納得できるからであろう。
 ママが、どのように坂出を好きになる納得をしたのか分からないが、川崎も人を好きになる時、自分の中で納得させる過程を踏むのを自覚しているので、ママの気持ちが分かる気がした。そして納得できるからこそ相手を好きになるという気持ちが、あまり一目惚れを信じないという別の思いを呼び起こしているのかも知れない。
「手掛かりになるのは、その同僚の女性、鍋島由美子さんという人だけなんですよね? じゃあ、まず彼女から当たってみるのが最初かも知れませんね」
「そうですね。私は、彼女と直接お話をしたんですが、でも、後ろめたさは感じなかったですね。きっと彼女の言う通り、こちらの誠意に感じて、知っていることを話してくれたんだと思っています」
 鍋島由美子に関して、必要以上なことは話さなかった。話してみたところで、感じたことは、直子と似ている印象が余計なことであることは分かっている。ママに話すことではないだろう、
「実は、坂出さん。私のところにいる時、日記をつけていたんですよ。いなくなってからもその日記がうちにあったので、読んではいけないと思って今まで読んでいなかったんですが、とりあえず、今日はここに持って来ました」
 坂出が日記をつけていたというのは分かる気がした。
「坂出は、日記をつけるのは、日課のようになっていたので、分かる気がします。きっとつけていなければ気持ち悪いという気がしていたんでしょうね。でも、つけていた日記を自分で持って行かずにそのまま置いてきたということは、何かそこに意図があるのかも知れませんね」
「そうですね、普通、日記は誰にも見られたくないものとして、隠しておくものだと思うんですよ。まあ、隠していなくても、わざわざ見るようなことはしないですけどね。実際には、日記をつけていることは知っていても、彼が日記をどこに置いていたかを私も知りませんでした。隠していたという意識は坂出さんにはなかったかも知れませんが、一緒に住んでいて、日記を見るなどというのは、完全なルール違反になりますからね」
「でも、彼はその日記を、いなくなった時に持って行こうとしなかった。日記を持っていくこともできなかったほど、ここからいなくなった時の事情に切羽詰ったものがあったのか、それとも、わざと置いて行ったのか、私には分からないですが、ひょっとして、その両方だったと言えなくもない気がします」
「両方ですか?」
「はい、切羽詰ってはいたけど、最初は、日記を持って行こうと思って、手に取ったかも知れない。でも、持っていくことを思い立った。もし持って行ってしまったら、あの人がここにいたという証拠がまったく消えてしまうことになる。それを嫌ったのかも知れないという思いをですね」
「でも、僕の知っている坂出は、性格的に、いなくなるなら、すべてを持ち去るのではないかと思うんですよ。中途半端に残しておくということは、行方不明になる自分を、日記を見ることで、思い出してほしいという思いであって、未練をその場所に残しておくことになる。それは男としては、中途半端なことであり、決してけじめのつけられることではない」
「坂出さんは、いなくなるならいなくなるで、ちゃんとけじめをつける人だと私も思います。やはり、何か意図があって日記を残して行ったのかも知れませんね」
「ということであれば、日記を見ることは、やぶさかではない。さっそく見せていただきましょう」
「はい、分かりました」
 というと、ママはカバンの中から少し分厚い日記を取り出した。表紙は頑丈に作られた日記で、大切に付けていこうという意思がありありと感じられる。それなのに持っていくこともせずに置いていくということは、やはり、坂出の中で、何かしらの意図があって置いて行ったのに間違いはないだろう。見てあげることが、坂出の気持ちに答えることに繋がるに違いなかった。
 表紙をめくって、最初のページを見ると、そこに書かれている日付は、一年くらい前のことだった。
「坂出は、ある時期から日記をこれに変えているんだな。前に書いていた日記帳がいっぱいになったからなのか、それとも、何か理由があるのか。でもこの最初の部分を見る限りでは、何か特別な精神的な変化があったようには思えませんね。あるいは、前につけていた日記の最後に秘密があるのか……」
 川崎は、そう呟いて独りごちていた。
 もし、日記を変えたのだとすれば、その時に何かがあったのだろう。読み進んでいくと、そこに坂出の心の葛藤が見え隠れしているかのようだった。
 この日記を見た時、最初に感じたのは、ママがどうして今日、川崎だけを呼び出したのかということを垣間見ることができたからだ。
――これは、亜由子には見せることのできない内容だ――
 日記の中の坂出の心境は、葛藤というよりも、悶絶に近いものだった。ジレンマとトラウマが入り混じった内容は、いくら自分だけしか見ないつもりで書いていたとしても、相当考えながら書いたものに違いない。
 坂出の性格から考えると、文章を考えながら書くなど、想像もできなかった。実際に、以前から、
「俺が書く文章は、いつも思ったことを一気に書くことが多いのさ。その方が変な迷いがなく書くことができるだろう?」
 作文など、あっという間に書いていた。どうしてそんなにすぐに書けるのか、誰もが不思議に思っていた気持ちを、代弁するかのような気持ちで聞いた時に、そう答えていたのを思い出した。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次