三年目の同窓会
という答えが返ってきた。その表情には少し晴れやかさが戻ったが、それはきっと、鍋島由美子には、そこまでは自分の中で理解していたことだということを示しているように思えたのだ。分かっていて、それを納得させてくれる人に話しを聞いてほしかったに違いない。要するに、彼女に足りていないのは、「納得」なのだ。
「この話を、坂出には話したかい?」
「いえ、坂出さんには話せませんでした。あの人は、どこか思いつめたら一直線なところが見えたので、話をするだけの勇気が持てませんでした」
「ほう」
鍋島由美子は、思ったよりも人を見ているのだと思った。川崎も話を聞いていて、きっと彼女は話をしていないだろうと思ったが、ここまで坂出の性格を分析できているとは思っていなかったからである。
鍋島由美子を見ていると、やはり誰かがかぶって見えることを意識していた。それが同窓会で一緒だった直子であり、今まで直子に対して抱いていたイメージが鍋島由美子の出現で、さらに思い返させることになるのだと思った。
この間の同窓会で、結局姿を見せなかった直子。連絡を取ってみたが、
「ごめんなさい、どうしても仕事が忙しくていけませんでした。本当はもっと早く連絡しなければいけないと思っていたんですが、本当にすみません」
川崎の知っている直子は、そんなにいい加減な人ではない。確かに目立たない性格で、自分のことをあまり話さないが、それでも団体の中の一人に属しているのである。それだけ、マナーはキチンと守ることのできる人であった。
――何か、突発的なことでも起こったんじゃないかな?
そう感じた川崎が、後日、連絡を取ったのだった。
確かに仕事が忙しいのは分かっていたが、連絡が取れないほどということは、男女関係に端を発していると思ったのだ。
それが、グループ内でのことなのか、プライベートでのことなのかまでは分からないが、少し気になるのは、大橋譲の存在だった。
譲は、同窓会の最中も、直子のことをずっと気にしていた。
卒業してから三年、その間に、誰がどんな状態だったのかなど、分かるはずもないが、中にはずっと交流のあった人もいるだろう。譲と直子の間に何かがあったとしても、それは不思議なことではない。
だが、逆にずっと付き合っているのなら、同窓会に来ないことを気にするだろうか?
もし、二人が付き合っていて、途中で別れたとする。譲が復縁を望んでいて、それを直子に言えないでいたとすれば、譲が直子を気にしていたというのも納得できることだ。
だが、それは直子が同窓会に無断欠席することとは結びつかない。
となると、直子の方では、もうすでに譲以外の人と付き合っていて、譲のことなど眼中にないということであれば、これも想定内のことだ。
いろいろな憶測が頭を巡るが、どうしても自分が男なので、立場的には譲の立場にだけ目が行ってしまう。不公平だと思いながらも、直子のことを気にしていたそんな時、偶然というべきか、坂出のことを探っているうちに知り合った鍋島由美子が、直子に雰囲気が似ているのである。
直子がよく分からない雰囲気だけを醸し出していたのに対し、初対面でこれだけたくさんのことを話してくれた鍋島由美子。タイプは似ていても、性格はまったく違っているようだ。
それでも直子を彷彿させるその雰囲気は、川崎には放っておけない感覚に陥らせるに十分だ。それを鍋島由美子は感じているかどうかも、少し気になるところだった。
坂出のことよりも、自分の話に終始し始めた鍋島由美子は、どうやら、会話にスイッチが入ったようだ。普段静かな女性にはスイッチがあって、それを押すのが誰かによって、会話のタガの外れ方も違っているのかも知れない。
――彼女のタガは、自分で外したんだ――
川崎は、ほとんど何も言っていない。受け答えしているだけだ。だが、それが彼女にとってのタガを外すポイントになったのであれば、それが真実。他の人には分からないことであろう。
――どうしてなのかしら?
彼女は自分でも分かっていないかも知れない。自分を理解するというのは、それだけ難しいことなのだろう。
坂出にはできなかった話を川崎にはしてくれる。川崎にはあるが、坂出にはないものを彼女自身が感じたのかも知れない。それは川崎にとって嬉しいことであり、坂出と張り合っているつもりはないが、自分の中で、坂出との関係を整理するには、好都合なものだった。
鍋島由美子の話を聞いていると、以前にも、どこかで似たような話を聞いたことがあるような気がしてくるから不思議だった。記憶の中にそんな話が入っていた意識はない。ということは錯覚なのだろうが、どうしてそんな錯覚を起こすことになったのか、そっちの方が興味を感じた。
――鍋島由美子と一緒にいると、落ち着いた気分になれる――
と思い、話を聞いていたのだが、話を聞いているうちに、ある瞬間から、まったく逆の感情が湧いてくるのを感じていた。
それは話の内容がまったく変わっていないのに、聞いている自分の精神状態だけに起こった変化だった。
――何だろう? この鬱陶しいという感覚は――
それが鍋島由美子に対してのものなのか、話の内容に対してのものなのか、自分でも判断がつかない。
どちらにしても、話を聞いていて、どこから来るのか、焦りのような汗が額から滲み出てきた。そのうちに、聞いていて、ウザったいという気持ちになってくる。そう思うと、一生懸命に話している彼女を先ほどまで、
――いじらしい――
と思っていた自分に対して腹が立つ。
――そうだ、俺は自分に対して腹を立てているのだ――
と、分かってくると、彼女に対して苛立つのは完全なお門違いであるのが分かってきた。それなのに、なぜか苛立っている自分よりも、鍋島由美子に対して感じる苛立ちが、正しい感情に思えてくる。
きっと、自分の中で、何かしらの正当性を求めているからに違いない。
あどけないと思って見ていた鍋島由美子に、妖艶さが醸し出されてきた。それは直子に対して抱いていた妖艶さがかぶって見えるような感じだったのだ。
鍋島由美子との会話の中で、一番しっくり来なくなったのは、彼女の話にわざとらしさを感じるようになったからだ。
明らかに自分の勝手な発想から生まれたものなのに、それを相手に押し付けるのはいけないことだと思いながら、川崎は、鍋島由美子を見ていた。
いや、妖艶さに惑わされている自分に気が付いたからなのかも知れない。
そういえば、直子にも同じような感覚を抱いたのを思い出した。そして直子を似たような視線で見ている譲の気持ちが分かるような気がしてくると、今度は、譲を無視できなくなっていた。
――譲に対して、俺は嫉妬しているのだろうか?
そんなイメージを抱いてしまって、その思いが強くなるにつれて、直子にM性を感じるようになったのだ。
――苛めてみたい――
思ってはいけない感情、心の中であっても、呟いてはいけないことだと思いながらも、呟いてしまった自分に後悔の念が走る。それが、今よみがえってきて、焦りを生んだのだろう。