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三年目の同窓会

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 亜由子を見ていると、優しそうな雰囲気ではあるが、男性に尽くすタイプには見えない。どうしても、何か他の人よりも劣ったり、足りなかったりする部分があると、欠落した記憶が影響しているのではないかと思えてならないのだった。
 川崎は、時々、自分の記憶もどこか欠落しているのではないかと思うことがある。時間の感覚がやたらと早く感じる時で、一日が、数時間に感じるくらいの時があるのだ。
 そんな時、記憶が欠落しているのかも知れないと思うが、いつもはすぐに否定していた。記憶が欠落しているのであれば、あっという間に時間が過ぎるのと同時に、その日の記憶が狭まっている意識があるはずである。
 しかし実際に、記憶が小さいわけではない。起きている時の時間の記憶がしっかりと時系列で残っていたりする。
――欠落しているのは意識ではなく、夢だと思っている時間なのかも知れない――
 あっという間に過ぎた時、終わってみれば夢うつつの感覚だ。
 亜由子に対して、いつも垣間見えるのは、心細さだった。後ろに坂出が見え隠れしているわけでもないのに、たまに誰かの影を感じる。坂出ではないのは確かで、かといってまったく知らない人物でもなさそうだ。
 それが、川崎本人だということに気が付いたのは、スナックを出てからのことだった。
 川崎は何とかママから、少しでも情報を聞き出そうとしていたが、実際にママも詳しくは知らないようだ。
「家に帰ったんじゃないの?」
 と言って、二人が現れたのを驚いたのも、まんざら芝居というわけでもないようだ。
「そうなの、彼、いなくなっちゃったの……」
 ママの落胆している姿にウソはなさそうに見えた。
――正直、家に帰ってくれていた方が気が楽だと思っているのかも知れない――
 川崎は、そう感じたのだった。
「私も探してみようかしら」
 ボソッと呟いたが、その声に亜由子は反応した。ビクッと動いたが、すぐに肩を落とし、それ以上動かなかった。
「でも、彼が会社で何かあったというのは事実らしいの。上司にこっぴどく怒られたと言って、かなり落胆していたわ。あんなに落胆した坂出さんを見たの、初めてだったんですもの」
 難しい仕事はともかく、彼の性格なら、普通の仕事なら無難にこなせるだろう。
「何か、難しい仕事でもしていたのかな?」
「難しいかどうか分からないんですけど、精神的にかなり追いつめられていたのは確かですね。彼の心細そうな雰囲気は、仕事での落胆が大きかったと思うんですよ」
「そういえば、彼の会社に行ってみたんだけど、会社を辞めたとは教えられたんですが、詳しいことは誰も知らなかったみたいでした。最初は、ただ知らないだけかと思っていたんですけど、今から思えば、彼のこと自体が話題にするのも問題があるような雰囲気でしたね」
 そういえば、彼の上司は胡散臭さが滲み出ているようだった。事務所を通って、応接室に通されたが、会社というところがいくら緊張をする場所とはいえ、緊張を通り越したものを感じた。それが怯えであると分かったのは、課長が一言発した声に、皆身体を固めてしまったからだ。
 固まった身体は、目の錯覚を引き起こすほど小さく見え、誰もが口をモゴモゴさせているが、声を発する人はいない。発しないのではなく、発することができないのだ。
――ずっと、こんな雰囲気の事務所なのだろうか?
 課長と呼ばれた人から応接室に通されて、川崎が坂出の話を持ち出すと、すぐに、
「坂出くんには、会社を辞めてもらった。彼は会社の風紀を乱すことをしたからね」
「どんなことでしょう?」
「ハッキリとは言えないが、社会人としてあるまじき行為だと言っておこうか」
「これ以上は、何も喋らないぞ」
 とばかりに、威圧されると、もう何も聞けなくなる。威圧されたまま事務所を後にすると、次第に冷静さが戻ってきたはずの頭に、怒りがこみ上げてくる。
――相手のペースに乗せられて、俺は何をやってるんだ――
 坂出は、本当に課長のいうようなことをしたのだろうか? どちらが正しいのかと言われれば、明らかに坂出であろう。ただ、坂出の性格からすれば、そんな課長に業を煮やし、反発したのかも知れない。
――出る杭は打たれる――
 というが、正義感が強く、リーダーシップのある坂出だから、余計に課長の逆鱗に触れてしまったのかも知れない。人生の転落を自らに見てしまうことになれば、川崎ならどうするだろう?
 課長に怒りを覚えたその時に、思い出したのがママの顔だった。
――なるほど、嫌なことがあった時に、一緒にいてほしい人を探すとすると、ママのような人を探すだろうな――
 と感じた。
 探さなくとも、坂出の目の前にいたのだ。もし甘えさせてくれるのであれば、誰だって、ママに甘えたいに違いない。
 ママを目の前にしている時は、ママが坂出を誘惑したのではないかという思いがどうしても消えなかったことで、変なイメージを持ってしまったが、今度は課長のあの胡散臭さを感じると、ママがいじらしく見えてくるから不思議だ。坂出でなくとも、ママのそばにいたいと思うのも当然ではないだろうか。
「すみません」
 坂出の会社を出てから、少し歩いたところで後ろから一人の女性に声を掛けられた、見覚えのある顔である。
「あなたは、先ほどの?」
 坂出の会社で、隅の方に座って大人しそうにしていた女性事務員だった。
「はい、鍋島由美子と言います。私は坂出さんとは同僚で、同じ課に所属しています」
「そのあなたが、私に何か?」
 鍋島由美子は訴えるような目で川崎を見つめた。
「実は、私も坂出さんを探しているんです。今どこにいるのか、お教えいただけないでしょうか?」
 理由も聞かずに教えるのは抵抗がある。だが、彼女を見ていると、どうやら坂出に気があるようだ。
――坂出のやつ、彼女の気持ちに気付いていなかったのかな?
 と感じたが、彼女の視線が次第に重たくなるのを感じてくると。
――なるほど、これだと却って疲れてくるわな――
 と感じた。
 心配そうな表情はありがたいのだが、どこか重たいのだ。押しつけがましいところが感じられ、坂出も、さすがに彼女にどう対処していいのか、分からなかったのではないだろうか。
 それにしても、彼女のような女の子が、あの課長の下で仕事ができるものだと思った、
「私、本当はあの課ではなかったんです。でも、課長が私を引き抜いて、私をあそこに座らせたんです」
「それでも君は、耐えきれるの?」
「分かりません、それで私は思い切って、今の気持ちを坂出さんに打ち明けたんです。すると、坂出さんは、俺に任せておけって言ってくれて、それで……」
「それで、結局、君の期待には応えられなかったということだね?」
「ええ、でも、坂出さんは、最初、何か自信がおありな様子だったんですよ。それなのに、こんなことになってしまって、私どうしたらいいのか……」
 何ともいじらしさから、抱きしめたくなる女の子だった。坂出は、正義感からか、それとも彼女への特別な気持ちが、彼を突き動かしたのか、どちらにしても、坂出は、行動を起こしたようだ。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次