小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

三年目の同窓会

INDEX|15ページ/56ページ|

次のページ前のページ
 

 二人を兄妹だと思ってなるべく見ないようにしていたが、それは、川崎が亜由子に恋心を抱いたからに違いない。だが、そのことが自分の目を見誤らせる結果になるのだということを、川崎はまだ知る由もなかった。
 亜由子も川崎が自分に恋心を抱いているということに気付いていなかった。亜由子は、男性恐怖症なところがある。子供の頃に苛められた経験がトラウマになっているからであって、その時助けてくれた坂出に対しても、遠慮だけではなく、一定の距離を保っておかなければいけないという思いを強く持っている。なぜそう思うのか、トラウマになった瞬間を見られてしまったということと、その時の坂出の目が今も忘れられない恐怖となって残っていることであった、
「坂出の失踪」
 それは亜由子にとって、兄妹というだけではない切実な思いを亜由子が抱いていることを、川崎は知らなかったのだ。
 何も分からない中で、時間が過ぎていく。自分が主導権を握っているつもりでも、実際には時間と空間が自分の知らない世界を形成しているようだった。
「私、躁鬱症の気があると思うんですけど、川崎さんは、自分が躁鬱だって思ったことありませんか?」
 スナックに行く前、待ち合わせた喫茶店で、亜由子が川崎に聞いてきた。
 川崎はまるで、心の仲を見透かされたようで、ドキッとした。亜由子に躁鬱を感じ始めていたからだ。
「あるけど、亜由子ちゃんは、どうしてそんなことを感じるんだい?」
 川崎は、亜由子が躁鬱であることを感じていることよりも、どうしてその話を今の段階で自分にするのかの方に、興味があった。
 いろいろなことを一人で考えてきたのだろう。そして、川崎と会って、お兄ちゃんを探す手助けをしてくれることで、川崎と一緒にいる機会が増えてくる。そう思ったことで、心の中にあるわだかまりや心配事を、まず話しておかなければいけないと感じたのかも知れない。亜由子の中に少しだけ感じた躁鬱症、まさか、亜由子が自分から聞いてくるなど、想像もしていなかった。
「躁鬱症の原因がどこから来るのかって、いつも思っていました。私は、何かのトラウマだったり、誰かの影響だったりが大きいんじゃないかって思うんです。川崎さんはどう思われますか?」
「確かにその通りだと思うよ」
 亜由子は、何かを感じているようだ。
 亜由子が感じている何かというのは、躁鬱症になる原因に感じるものがあるらしい。原因がなければ、起こることではないのだから、一番重要なもののはずなのに、なってしまったことで、なかなか原因を確かめようと考える人は少ないかも知れない。
 躁鬱症は、いきなり襲ってくる場合と、気が付けば陥っていたと思う場合の二つがあるのだと川崎は思っている。
 美香の場合は、気が付けば陥っていたという方ではないだろうか? だからこそ、陥ってしまった中から、原因を確かめようと考えているのかも知れない。
 川崎の場合は、原因について考えたことはない。一番最初は、いきなりだったのだ。いきなりと言っても、前兆があることでのいきなりだ。前兆がなければ、亜由子のように、原因を考えようと思ったかも知れない。
 川崎は、亜由子の話を聞いていて、原因について初めて考えてみる気になっていた。
 トラウマがどこかに存在していたとしか思えないが、自覚症状があるわけではない。しいて言えば、
「生まれつきの資質のようなものが躁鬱症にもあるのかも知れない」
 と思う。
 生まれつき躁鬱症の気がある人、そして、トラウマとなる出来事が引き金となって、躁鬱症を引き起こす原因となる人の二種類があるのだろう。
 川崎は、生まれつきの躁鬱症しかイメージできない。前兆があって、引き込まれていく感覚が、自分ではどうすることもない感覚に、時間を委ねるしかない自分の身を置くことだった。
 亜由子に、生まれつきの躁鬱症が備わっているのだと思う。ただ、トラウマがなければ、表に出てくることのなかったもの。だから、躁鬱症は定期的なものではなく、突発的なものではないかと思うのだ。
 亜由子は、川崎に話をするタイミングを計っていたのかも知れない、それがさっきの喫茶店での話であり、相手が川崎だということで、言葉を選ぶ必要も感じていなかったようだ。
「私、躁鬱症の原因が、お兄ちゃんにあると思っているの」
 そう言って、少し考え込んだ。
 ということはトラウマの原因は、坂出にあるということか?
 この兄妹には、川崎には想像もできないような何かがありそうな気がしたが、今の段階では、そこまで踏み込むことはできない。
 川崎は、自分と似たところで亜由子を見ようとしていたようだ。だが、似ているところだけではなく、違うところを見ていくと、次第に亜由子の中にある光と影の部分を見つけることができるようで、そこに深みがあることを感じていた。
 角度を変えて人を見ることなど、あまりしたことがなかった。まわりから人を見ること、そして、その人から今度はまわりを見渡すこと、それも角度を変えて見ることだったというのを、再認識したような気がした。亜由子に対しては、後ろに見え隠れしている坂出の存在はどうしても無視できないものだった。
「私、実は小学生低学年の頃の記憶が、欠落しているところがあるの」
 亜由子が意外なことを口にし始めた。
「それはどれくらいの間なんだい?」
「半年間くらいのことなんだけど、その頃のことがまったく思い出せないのよ。それ以前のことはおぼろげなんだけど覚えているの、そして途中から記憶がなくて、また繋がっているの」
「その欠落している間の辻褄が合わない?」
「不思議なんだけど、欠落しているという意識はあるのに、なぜか、その間を繋げば、記憶に繋がりはあるのよね。時間だけが飛んでしまったような感覚と言えばいいのかしら?」
 不思議な話だった。だが、何かに集中していて、その間、時間だけが経過していて、抜けている時間を繋ぐと、不思議に辻褄が合っていたりするものだ。時間だけが欠落しているので、時間があっという間に過ぎてしまったような気がするが、それでも充実感は残っているので、
「これほど時間の有意義な使い方はないのだろう」
 と、我ながら納得したものだった。
 そういえば、川崎も子供の頃に同じような経験をしたことがある、記憶だけが飛んでいると思って納得したのだが、時間があっという間だったこともあって、別に気にもしていなかったが、ひょっとすると、気にするかしないかだけの違いで、誰もが同じ思いを子供の頃にしていたのかも知れない。
「避けて通ることのできない道」
 子供なので意識するかしないかは大きな問題ではなく、意識していると、却って欠落の二文字が頭に残り、記憶を失ったような気がしてくるだけなのかも知れない。
「あまり気にすることではないと思うよ」
 本人がどれほど深く感じているか分からないので、強くは言えないが、川崎は自分が感じたものをそのまま言葉に出しただけだった。
「ありがとうございます。でも、私はきっとこのまま気にしていくことになると思うんです。逆に忘れてしまう時というのは、何かの答えが見つかった時、その時に何を感じるのかが楽しみではあるんですけどね」
 亜由子は、そう言って静かに笑った。
作品名:三年目の同窓会 作家名:森本晃次